9.勘違いはしない①
他の占い師たちが席を立ったタイミングで、フィオナも帰宅することにした。
夜会はまだ宴もたけなわでアッシュは未だにたくさんの令嬢たちに囲まれている。フィオナが見ていた限りでは、アッシュは誰ともワルツを踊っていないようだった。
(そういえば最初に会った時、すごく真面目だったなぁ)
輿入れ前の男女が手を握ったら、なんとか、と。
だからワルツをしていないのだろうか――手を繋ぐから。
(そんなわけはないか。ワルツは貴族の嗜みだもの……私が見ていない時に踊っていらっしゃったんでしょう)
などと考えている間にも、ずきずきと頭の痛みが激しくなってくる。
『ちから』を使った後には頭痛はつきものだが、かつてないくらいだ。
(ちょっとこれ、やばいかも……)
フィオナはさっとテーブルの上を片付けるとそのまま大広間を出た。
少し歩くだけで、息があがっていく。
(今夜はなかなか……たくさんの人たちを視たから……)
この仕事を始めてから一番といってくらいの盛況さで、今までにないくらい『ちから』を使い続けてしまった。
(執事さんを見つけて、今日の賃金をもらわなきゃ……)
ふうふうと息を吐きつつ、ようやく忙しく動き回っている執事をつかまえた。もらった賃金を水晶と共に鞄の中に仕舞う。
(ロイド様を探さなきゃ、いけないけど……)
何しろまだ彼の手を握っていない。
だが疲れすぎて大広間に戻る気にはなれない。アッシュに申し訳ないと思いつつも、フィオナは新鮮な空気を求めて屋敷から出ることにした。
裏門から外に出る。
すでに夜半過ぎ、月が綺麗な夜だ。
(あれ、おかしいな……? 息が、しにくい……、布、とっちゃおうかな……)
外に出れば楽になると思っていた呼吸は変わらずに乱れ、むしろ歩く度に身体が重くなっていくような錯覚に陥る。彼女は裏門から出てすぐの塀にもたれかかった。
(ぬの……、とらな……きゃ……)
ふらっと視界が歪み、足に突然力が入らなくなったフィオナはがっくりとその場で膝をついてしまう。大きな音が響いて抱えていた鞄を地面に取り落としたことに気づいたが、拾う余裕すらない。
(やば……)
フィオナは両手を地面についたまま、はーはーと大きな呼吸を繰り返す。自分でも徐々に呼吸が浅くなっていくのを、どこか他人事のように思う。
(ぽけっとに、はいってる、ゆびわ、だけ、なくさない、ようにしない……と……)
だがその時。
バタバタっと足音が響いて、誰かが彼女のすぐとなりに膝をついた。
「フィオナッ!」
この声は間違いない。
「はく、しゃ、……く……?」
まともに喋れていただろうか。
(伯爵……本当に、伯爵……? 来てくれたの……?)
アッシュがここにいる。
彼ならば、きっと助けてくれる。
きっと、きっと……。
「失礼、腰を支えるぞ?」
アッシュがフィオナの腰に手を回した――その瞬間。
ふわりと浮遊感を感じ。
そして――そのまますべてがブラックアウトした。