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4.二人の共通点

 馬車に乗り込む前に、どこに住んでいるかを尋ねられた。正直に住所を伝えると、本当に平民なんだなと再度驚かれる。


「だから平民なんですって」

「そうか。驚いたりして、すまない」

「いや、別に構いません」


 謝罪されたが、フィオナは取り立てて気分を害してはいなかった。

 平民を平民ということは別に罪ではない。それよりさっさと用件を聞いてしまいたい。


「それで、ご用ってなんですか?」


 フィオナが尋ねると、青年は少しだけ答えるのを躊躇った。


「……、俺は占い師を信じていない」

「それはこの前うかがいました」

「だが、どうしても説明がつかなくて。君にもう一度会いたいと思って探していた」

「はぁ」


 対面に座った彼が両腕を組む。


「君は俺が……夜、あまりよく眠れていないと、どうして気づいた?」


 それは答えにくい質問で、フィオナは少しだけ返答につまる。


「それは……貴方もご存知かと」


 なんとかそう答えると、彼の顔色がますます白くなった。


「くそっ……、それで、俺に何をしたんだ? 何しろあの夜はぐっすり眠れたんだぞ」

 

 (ああ、それは良かった!)


 眠れないと唸っていた彼はあまりにも辛そうだったから、本心からそう思う。


「そうでしたか、それは何よりです!」


 思わず跳ねるような調子で答えると、青年がぐっと息を呑む。


「だから何をしたんだ、と聞いている」

「私は何もしていません」

「何も、していない……!? そんなばかな。俺の不眠症は筋金いりだぞ!? それが、君と会った夜だけ眠れたっていうのは……!?」


 彼の混乱が伝わってきたが、残念ながらフィオナも答えは持ち合わせていない。


「分かりません」

「……分からない……?」

「ですが、考えられるとしたら、私と貴方が手を繋いだことかな、と」

「手を繋いだ……?」

「はい。よろしかったら、もう一度してみてもいいですか? そうしたらはっきりすると思います」


 青年が顔を顰めた。


(あ、そういえばこの人、真面目……っぽいんだった!)


 フィオナとしては、まったく何の感情も抱いていない相手なので手を握るくらいどうでもないが、彼は違うのだろう。


「すみません、しなくても構いません――……」


 と断ろうとすると、青年が唸るように声を上げる。


「〜〜! 本来は、輿入れ前の男女が手を握り合うのは不埒なことだが、緊急事態だから仕方ない」


 そういって手を差し出してきた。

 不埒だか緊急事態だか知らないが、フィオナとしても事実を確かめたいので、ありがたいことだ。


「では失礼いたしますね――あ、出来るなら、視られたくない記憶は仕舞っておいたほうがいいですよ」


 そこで彼が身じろいだ。


「どうやって?」

「私もわかりません。でも、貴方ならきっと出来る気がします」

「……まぁ、いい。握ってくれ」


 フィオナがゆっくりと彼の手を握ると、ふわりと目前の光景が揺れた。




 青みがかった景色の中に現れたのは、半年前までまるで牢のように彼女を閉じ込めていた大聖堂だった。

 陰気で暗い印象しか与えない礼拝堂で、膝をついている自分が視えた。


『どうしてお前だけができないんだ、この穀潰しが。だから平民なぞ嫌だったんだ――やれ』


 大司祭が合図すると、フィオナの目の前に立っている司祭が鞭を振り上げる。

 彼女は歯を食いしばって衝撃に備えた。


 バシッ!


 馴染みのある鋭い痛みを肩に感じた次の瞬間、まったく見知らぬ街の、見知らぬ道に立っていた。


『待って……!』


 どさぁと誰かが横で転んだ。ふっと視線を下ろすと、黒い髪の少年が倒れている。ぐす、と洟をすすりあげるような音が響く。


『追いつかなきゃいけないのに、追いつけない……っ、待って、待って……!』


 道の先には、茶色い髪をなびかせた、ほっそりとした女性の後ろ姿が。


 絶望。


 寂寥感。


 胸が軋むように痛い。


 あまりの痛みに、フィオナは思わず自分の胸に手をあてようとして、何かが自分の手に絡みついているのに気づき――ぱっとそれを振り払って、瞬いた。




 その瞬間、フィオナは馬車の中に戻っていた。

 彼女は目を瞬き、少しだけ身体を震わせる。轍の音よりも、自分の心臓の鼓動のほうがよほど大きいように思える。フィオナはゆっくりと両手をぐっと握りしめた。


(なん、なんだったの……!?)


 どう考えても、前半部分は自分(フィオナ)の記憶だった。だがきっと後半部分はこの青年の記憶に違いない。


(どうして、私の……私の、記憶が……っ!?)


 彼女はひどく狼狽していた。

 なぜなら今までフィオナは――自分に関する記憶を視たことがない。

 例えば、両親の形見の指輪を握ってどれだけ願ったとしても、どうやっても不可能だった。


(ありえない……、私の記憶が交じることもそうだけど、自分がまるでそこに立っているかのように思えるのは……)


 フィオナが物や人を触って残留思念を探る時、特定の記憶を視たいと願いながら視る。するとその記憶に近いものが脳裏に蘇るわけだが、いつだって彼女は傍観者に過ぎない。


 けれど、先ほどは――。

 彼女は記憶を追体験した。

 自分が主体となって、考え、胸が痛くなり――それは今までとはまったく違う経験だった。


「どういう、こと……?」


 ぽつりと呟くと、それまで静まり返っていた目の前の青年が身じろいだ。視線を送れば、彼は信じられないくらい真っ青で、血の気が引いている。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……まぁ、なんとか……」


 彼が頷くと黒い髪がさらりと揺れた。


(さっき、倒れていた少年の髪の毛の色によく似ている……)


 やはりあれは彼の記憶に違いない、と確信めいたものを持つ。


「君は―――、ただの占い師ではなかったのか?」

「……私は、ただの占い師です」

「いや、だが、確かに君だった――……、しかし、あの光景はなんだったのだ? 君の、日常だったのか? あれは、教会か? 教会で、あんな暴力を――……」

「おっしゃっている意味が分かりません」 


 彼は正しい。

 フィオナにとって、あれは日常茶飯事だった。

 彼らによる折檻は、フィオナの身体に今でも傷を残している。

 けれどそれは目の前の、ほとんど見ず知らずの青年に認めるべきことではない。 


「しかし――……」


 フィオナは目を瞑った。


「すみません、その話はしたくありません」

「――っ」


 微かな躊躇いの気配ののちに、わかった、と青年が応じる。

 そこでフィオナは瞳を再び開けた。


「それで貴方にも、映像が視えたんですね」


 ごくりと彼が唾を呑み込んだ。


 それが答えだった。


(そして、やっぱり頭痛がしない……、これはどういうことだろう)


 フィオナは考え込む。

 頭痛がするときは、『ちから』を使いすぎたときだ。

 ということは、今は『ちから』を使いすぎていないと考えるのが自然だ――彼と手を繋いだ前回もそうだった。


(それに、どうして私と彼の記憶が混じったのかしら……、今までそんなことは一度もなかったのに)


 そこでフィオナは、目の前の青年を見つめる。


 (もしかしたら、この人にも……私と似たような『ちから』があるのかしら)


 突拍子もない推理だったが、すとんと腑に落ちた。彼が眠れないというのも、もしかしたら『ちから』に関係あるのではないか。


(あの日、私が身体が楽になったのは……彼となんらかの関係で『ちから』が交差したから……? そして彼はもしかしたらそれのお陰で、眠れた……? かな?)


 占い師を信じない、とはっきり言っている彼にこんな話をしても、荒唐無稽だと思われるだけだろう。


 青年の顔に影が満ちる。


「一体何が起こったんだ……? 俺は……、占い師を信じてはいないが……、実際目にしたものを闇雲に否定するほど愚かではないつもりだ」


 何か含みのある言い方だった。


「君は、その辺りにはびこっている……、人の弱みにつけ込んで、骨の髄までしゃぶり尽くす占い師とは違う気がする」


 あまりの容赦のなさに、フィオナは思わず首を横に振る。

 確かにそういったあくどい占い師もいるかもしれないが、さすがに言い過ぎだろう。


「私は、人のためにならないことはしないように心がけています」

「しないように、心がけてる、か。その言い方は誠実な感じがして、悪くない」


 青年が綺麗にセットされている髪をぐしゃぐしゃにかきむしった。


「君は……、本物なんだろうか。確かに……隣国には不思議な能力を使うことの出来る聖女と呼ばれる存在の人たちがいるとも聞いている」


(……っ!)


 彼が隣国では、と言った時に、少しだけ狼狽した。

 もしかしてあの大聖堂が隣国の王都にあると気づいたかと。


「そうやって聖なる存在もいるのは確かなんだろう。少なくても占い師が……全員悪ではないよな……」


 けれど、そう青年が続けたので、気づかれていないと胸をなでおろす。


「君にも、本当に何が起こったのか分からない?」


 何かにすがりたいと言わんばかりの、弱々しい声の調子。


 フィオナは目の前の青年に、心を寄せつつあった。

 彼の記憶を視て、その上で同情してしまうのは、危ういことだと分かっている。けれど、垣間見た彼の心はあまりにも絶望と、寂しさと、悲しみで満ちていたから、……少しだけ優しくしてやりたくなった。


「……、私、すべてを話すことができないんです」


 そう切り出すと、青年がはっとしたかのようにこちらに向き直った。

 隣国で聖女候補だったことは、フィオナは絶対に口にしてはならないし、示唆することも許されない。それはもちろん彼らに命令されたからだが、フィオナ自身を護ることにもつながる。


(占い師として、あれくらいの『ちから』を使っているくらいなら誰も疑問に思わないだろうけど……、でもそれ以上は……。彼らにまた見つかって、連れ戻されるのだけは嫌だ)


 とにかく目立つことだけは避けたい。


「すべてを……、ということは……」

「人にはいろいろな事情がある、ということです。私が話せる範囲で構わなければ、お話しさせていただいても?」

「あ、ああ!」


 彼が頷く。


 フィオナは、ふう、と息を吸って、吐いた。

 それから覚悟を決め、おもむろに被っていた布を取る。彼に真実の一端を告げるのに、布を被ったままでは失礼だと思ったからだ。


「―――っ」


 彼女の素顔を見て、青年が声を失う。

 その頬にさっと朱が走ったように思えたが、フィオナは気づかなかった。


 勇気を出して、続ける。


「私には確かに……、言葉では説明がつかない『ちから』があります」

「……!」


 青年が目を見開く。

 

(ついに、認めてしまった……!)


 どくどくと心臓が高鳴る。

 そして、フィオナは心がくじけないうちに、続けた。


「ここからはただの推測ですが、貴方にもあるのではないかと感じています」

「え、俺に……?」


 青年が愕然として、口をぽかんと開けた。


「はい。そうでないと、説明がつかないんです。私にとってもこんなことは初めてのことで――……、それで、私たちが触れ合うと、どうしてかお互いの『ちから』が中和するのではないかと思います」

「中和?」


 フィオナは頷く。


「その表現が正しいかは分かりませんが。私はいつも占いをすると、頭が痛くなりますが、貴方と手を繋いだ後はそれがありません。なので、同じことが貴方にも起こっているのではないかと思います」

「俺にも同じことが?」

「はい。それが貴方には眠れる、といった形で現れたのではないでしょうか」


 そこでフィオナは黙った。

 視線を上げて、青年を見つめると、彼が微かに身じろいだ。


「もう一度、試してみませんか?」


 フィオナは彼に手を差し伸べる。


「ああ、わかった」


 今度は彼は躊躇いなく、フィオナの手を握った。

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