3.再会
二週間後。
フィオナの姿は、また同じ侯爵邸にあった。
夜会が開かれている間、この前と同じカードルームに一角を与えてもらい、今夜も“占い”に勤しむ。
「水晶水晶、水晶よ。どうぞ悩めるこのお方の道をお照らしください」
令嬢から渡されたネクタイピンを握り、むむっと力を込めた。
青みがかった光景が目の前に広がる。
ピンクがかった髪を持つ令嬢が、赤毛の青年の腕に抱きしめられていた。二人はありえないほど密着しては、いちゃいちゃしている。令嬢が、青年のネクタイピンを弄る。
『なにこの、古めかしいのはぁ〜、貴方のおじいさんの形見とかぁ?』
『まさか、違う』
青年は顔を顰めた。
『婚約者に渡されたんだ』
『えぇ〜、だっさぁ! 今どきこんなセンスの人いるんだぁ』
令嬢がからからと笑い、青年も苦笑した。
『見た目も地味よねえ、貴女の婚約者って。家同士の関係でどうしても婚約しないといけなかったんだっけ? 可哀想ぉ〜』
『まーな。でも結婚したあともお前が慰めてくれるだろ?』
『まかせてぇ!』
(さいてい、さいっあくっ!)
ネクタイピンを投げつけてやろうかと思った。
フィオナは映像が消えると同時に、胸の中に怒りの炎を燃やす。今日はうまいことに、会話をしている二人の顔を視ることができた――が、余計に腹が立つ。
(何がまかせてぇ、よ……! 二人まとめて馬に蹴られて死んで……、言い過ぎた。馬に泥水をかけられろっ! ……仕事中だった)
布を被っていてよかった。
なんとか溜飲を下げ、目の前にいる大人しそうな令嬢に視線を戻す。
「どうでしたか……? 彼、信頼に値しますか?」
震える手をぎゅっと握りしめている令嬢に、真実を伝えるのは躊躇われる。
「……、婚約者の方とずっとうまくいっていなかった、とおっしゃいましたよね?」
「ええ。そうなんです……。特に、何かがあったわけではないのですが、でも……彼は私のことを煙たがっている気がして……それで……、この前このネクタイピンを、我が家に忘れていることに気づいたので……、思わず……」
令嬢は俯く。
「最初は返そうと思っていたのですが……、でも、ふと……、貴女の噂を思い出して……それで……」
きっと彼女は、婚約者を疑うような行動をした自分を恥じている。
そうさせたのは婚約者の振る舞いのせいだろうに、彼女は自分を責めているのだろう。そんな令嬢の気持ちが痛いほど伝わってきて、フィオナは心を決めた。
「いえ、いいのです。私のことを頼ってくださって嬉しいです」
フィオナはすうっと息を吸い、それから水晶に手をかざして、もっともらしく目を瞑る。
「水晶によると……、一度距離を置き、改めて考え直したほうがいい、と出ています。彼には一途な星はでていません」
トラブルを避けるために、フィオナは詳細を伝えることはしない。だが令嬢にはそれだけで十分だったようだ。
「やはり……そうでしたか。では……今後について考えないといけませんね」
令嬢はさして食い下がることもなく、ただ肩をがっくりと落としただけだった。家同士の婚約のようだから、破棄までには至らないにしても――この令嬢には自分の幸せを掴んで欲しい。
(あの二人は、不幸になれ)
令嬢の後ろ姿を見送りながら、フィオナは彼らに呪いをかけておくことにした。
(さて、そろそろ夜も更けてきたし、帰ろうかな……)
しかしそこで視線を遮るように誰かが立ちふさがったので、彼女は営業用スマイルを作って――といっても顔の殆どは布で隠されているが――見上げた。
「何か御用でしょうか――……、あっ!!!」
臆面もなく声をあげてしまったのは、そこにすこぶる顔の良い、しかし占い師は信じないという、あの青年が立っていたからだ。
今夜も顔がいい。
しかしそんなことを忘れさせるくらいの、険しい表情だった。
(なんか怒ってる!? でもなんで!?)
けれどフィオナは、内心の揺らぎをみせないよう、出来る限り軽い調子で尋ねる。
「ええっと、お客様ということでよろしいでしょうか?」
「客ではない。ちょっと話がしたい」
青年は真剣そのものだった。
(えぇ……私は話したいことないけどなぁ……)
とはいえ、他に客は見当たらず、カードルームにいる人たちもまばらだった。そろそろ夜会もお開きの時間だろう。執事に今日の稼ぎをもらって、まっすぐ家に帰りたい。
「でもそろそろお暇する時間ですので――」
無難に断ってみたが、彼が食い下がる。
「だったら馬車を出すから、君を家まで送る。その間だけでいいから、話をさせてくれ」
「え、えぇ……?」
躊躇うと、青年は苦しそうな表情になり、小声で「頼む」と続けた。
真正面から頼まれてしまうと、さすがに断りづらい。
「君の評判に関わるようなことはしない。必要なら使用人を連れて行っても良い」
「え、いや、いらないですよ、私、平民なんで……」
「えっ、平民だと!?」
彼の両目が丸くなる。
(ああ、そうよね、それだけはあの人達の教育のお陰なのよね)
大聖堂で受けた教育のおかげで、貴族と話していても恥ずかしくないくらいのマナーは身についている。それだけはありがたく思っている、本当に、それだけだが。
「この前の態度に関しては俺が悪かった。この通り、謝罪する。だがどうしても君と話がしたいんだ」
青年はもう一度、頼む、と続ける。
かなり必死さがうかがえた。
しかもこの前の態度を謝る、とまで言い出した。
(あああああ、もう仕方ないなぁ!)
「わかりました。本当に家に到着するまで、なら……」
最終的にフィオナは折れた。
彼が表情をぱっと明るくする。そうすると、美貌が更に輝く。
「もちろん、帰宅するまでだ! ありがとう!」
「〜〜〜!」
悔しいことに、今夜も青年は――顔が良かった。