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27.公爵と王弟殿下

 アッシュから連絡を受けたフォーサイス公爵は、すぐにロイド邸に顔を出してくれた。

 応接間のソファで向き合って座り、促されるままフィオナは説明を始める。

 

 ルーカスに教えてもらった不思議な集落にたどり着けたこと。

 大魔女にも会えたこと。

 そして。

 人探しをしている、と切り出したとき、公爵はただ単に右眉を軽く上げただけだった。踏み込んで尋ねられたら答える腹づもりではいたが、拍子抜けするくらいで。

 

「リシャール殿下の従者だった方か。ルイス……というと、ルイス=キャンベルかな」


 公爵がゆっくり顎をしごきながら呟く。


「も、もしかして……心当たりがおありですか!?」


 勢い込んで尋ねると、公爵が目を細める。


「まあ、私も年だけは取っているからね。ルイス=キャンベルのことについてならば、リシャール殿下は会ってくれると思う。とても目をかけていたから」

「……!」


 フィオナはぐっと手を握り込んだ。

 そんなフィオナからアッシュへと公爵は視線を移す。


「ロイド、リシャール殿下に取り次ぐ代わりにひとつ条件がある」

「……私に、ですか?」

「ああ。フィオナとだけ話したい。だから君は席を外してくれないか」


(……!)


 フィオナも内心驚いたが、アッシュもヘイゼル色の瞳を少しだけ見開いている。

  一瞬言葉を呑んだアッシュが、フィオナと視線を合わせた。気づかわしげな彼に向かって、微かに頷く。


(心配してくださってありがとうございます。でも私は、大丈夫です)


 思いは通じたらしい。

 アッシュも微かに頷き返してくれた。


「承知しました」


 そこでさっと席を立って、アッシュは部屋を出ていった。

 扉が締まると同時に、公爵が背もたれにもたれかかる。


「ふふ、見せつけてくれるねぇ」


 それから公爵がふっと真顔になる。


「さて、君にとってキャンベルは何にあたるのかな?」


 フィオナは居住まいを正す。


「父親です」


 公爵は予想していたのか、やはり驚いた様子は見せなかった。


「ふむ。会ったことは?」

「ありません。私は母に育てられました」


 一切の感傷を見せずに、フィオナは公爵に説明した。

 隣国の貧民街で育ち、母が亡くなってしまい、養護院に引き取られたこと。

 思春期に『ちから』に目覚めたこと。本当の父を探したいと思っていたこと。そして、ようやく機会を得て、この国にやってこれたこと。そして、占いをすることによって父への手がかりを探していたこと、そしてアッシュに出会って、それから――。

 聖女候補となり、聖堂で暮らした期間については濁したが、公爵が気づいていてもおかしくはない。


「なるほどね。筋は通っている……というより、最初から別に君の話を疑っているわけではないんだが」

「はい」


 公爵がじっとフィオナを見つめる。


「君に聞きたかったのは、どうして父親を探しているかということだ」

「……どうして、といいますと?」


 質問の真意を計りかねて、フィオナは瞬きを繰り返す。


「要は、王弟殿下に仕えるような地位の貴族が父親だと知って、君がどうするつもりなのかを聞きたかった」


(何を仰りたいんだろう?)


 答えあぐねていると、公爵が言葉を重ねる。


「彼に子どもとして認めてもらいたい? 認めてもらって貴族としての地位を得たい? もしくはたっぷりとした慰謝料が欲しい?」


 ようやく公爵が言わんとしていることに気づいて、ぽかんと口を開く。


「まさか!」


 反射的に口をついて出てしまう。


「まさか?」

「そんなこと、考えたこともありませんでした。私、ただ……両親がどうやって出会って、どうして別れて暮らすようになったのかを知りたいんです。ただ、それだけ。父親が貴族じゃなくても、同じことをします。それ以外は何も求めてなんていません!」


 はっきりと断言すると、公爵がふっと笑う。


「王弟殿下に取り次ぐわけだから、軽はずみなことはできなくてね。君の真意を改めておきたかったんだ。気分を害したなら謝罪する」

「あ。いえ、それは当然なことだと思います」


 そう言えば、公爵の笑顔が親しみやすいものへと変わる。


「そもそも君が貴族になりたかったら、ルーカスを籠絡しようとしただろうな。そちらのほうが確実だものね」


 フィオナはあんぐりと口を開けた。


「ろ、ろうらく!?」

「最初に言っただろう、ルーカスを貰ってくれるなら、私は君に爵位があろうがなかろうが気にしないってね。爵位や財産目当てだったら、その提案に乗っただろうに、君はロイドと共にいることを選んだから、まぁ違うとは思っていたよ」

「あ、当たり前です! それに公爵子息様にもとても失礼なことです!」


 公爵は再び笑ったが、今度の笑みはどこか寂しさを含んでいるようだった。 


「長年公爵でいるとね、周囲にいる人間の醜さに時々絶望することがあるんだよ。本当に君みたいな人に、ルーカスの嫁にきてもらいたかったな。ロイドが羨ましい」


(待って、この口ぶりだと、私が伯爵様と、そういう関係だと、思われて……!?)


「いえ、だから、その……」


 途端にしどろもどろになる。


「フィオナが決めたことだから、応援するよ。結婚式には呼んでくれると嬉しいな」


(ど、どうしよう……!? でも、下手に答えないほうが、いいかも)


 曖昧な笑みを浮かべるフィオナに対して公爵はそれ以上言葉を重ねたりはしなかった。

 そしてフィオナの脳裏をふっと一人の女性の残像が過る。


(伯爵が好きなのは、ケイトさんみたいな可愛らしい女性だから、私は対象外なのよね……分かっている。勘違いなんて、していないわ)


 表情が陰ったフィオナを見ながら、公爵が呟く。


「なんでそこで落ち込むんだ。ロイドが君を離すわけないだろうに」


 ◇◇◇


 それからしばらくして、フォーサイス公爵と共にリシャール王弟殿下がお忍びでロイド邸を訪れた。美しい金髪を持ったリシャールは、王子様そのものといった佇まいだった。もちろん、記憶で視たときよりも年を取ってはいるが、それでも尚美しいままだ。


「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。リシャール殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございますでしょうか」

「うん」


 リシャールはアッシュの挨拶にそう答えると、彼の隣でカーテシーをするフィオナを穴が空くほど見つめた。


(な、なんでこんなに見られてるんだろう……!?)


 持っている中でも一番良いドレス――アッシュが買ってくれたクリーム色のワンピースのことだが――と、出来る限りはと髪を整え、化粧もした。

 リシャールが普段見慣れているような令嬢や御婦人方とはほど遠いだろうが、それでもせめてもの、と気合をいれたのだ。


(やっぱりお見苦しいのかしら……)


 心配になるくらいの時間が過ぎた後、リシャールがぽつりと呟く。


「ルイスの面影がある……よく似ている」


 その瞬間、彼女の胸の内から心配が消え去り、鼓動が高鳴り始める。


(お父さんに、私が……!?)


「似ていらっしゃいますか」


 公爵の問いかけに、リシャールが肯定を返す。


「ああ。それで、形見があるとか?」

「は、はい……!」

「私に見せてくれ」


 ソファの上座に腰かけたリシャールに、両親の指輪を差し出す。


「これは父から贈られたと母が後生大事にしていた指輪です」


 自分が直接王弟殿下に渡すと失礼に当たるかと思い、まずはアッシュに渡そうとすると、リシャールが直接渡すようにと手で合図をする。

 王弟殿下に手渡す瞬間、指が震えた。

 指輪をひと目見たリシャールは、苦笑を漏らす。


「うん。この指輪は、知っている。ルイスがつけていたのと対だ」


(―――!!)


 胸がつまり、一言も発することのできないフィオナのかわりに、公爵が口を挟む。


「やはり、キャンベルのご令嬢だと思われますか?」

「ああ」


 あっさりと、しかしリシャールは断定する。


「ルイスだけではなくて、ユリアナの面影もある。彼女は確かに二人の娘だと思う」


(ああ……、お母さんのこともご存知で……! やっぱりこの方の従者だった人が、お父さん……!)


 図らずしも震え続ける手を、フィオナはぎゅっと握り締めた。


「キャンベルは今どこに滞在しているのかご存知ですか?」


 公爵の問いかけに、リシャールはあっさりと頷く。


「辺境の街だ」


 それから彼は、フィオナに視線をうつす。


「馬車を出してやるから、ルイスに会って来たらいい。これを持っていけば、疑う余地もないだろう」


 リシャールは指輪をフィオナに返しながら、口元を緩める。


「ルイスに直接聞くべきだと思うから、詳細は話さないけどね。君のお父さんは、君のお母さんのことを唯一の人だと愛していたよ。君のことは知らなかったかもしれないが、会えたら喜ぶと思う」

「は、はい……っ」


 そう答えるだけで精一杯のフィオナを見守るリシャールの眼差しは、穏やかなものだった。


「殿下、ありがとうございます。ご足労いただいたお礼はいかほどにさせていただきましょう」


 そう言いかけた公爵を、リシャールが軽く手を振って留める。


「いや、ルイスのためだ。構わない――……」


 そう言いかけたリシャールが気を変えたように、口を開く。


「君、名前は?」

「フィオナと申します」

「ルイスの止まってしまった時を動かせるのはフィオナしかいないだろう。君に会えたら、ルイスは王都に戻ってくるかもしれないな」


 リシャールがふっと遠い目をする。


「もしルイスが王都に戻ってくると言ったら、私の元へ顔を出すように伝えてくれないか? 彼がいない毎日はつまらなくてね。それが私が求める、礼だよ」

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