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26.ついに見つかった手がかり

 ロイド邸に戻ると、アッシュはすぐにメイジャーの遺した書類を元に、伯母の背後にいる組織について調べ始めた。

 

「君の仕事には影響がでないようにするからね」


 と申し出をされたが、フィオナは首を横に振った。


「いえ、今はどうぞご自分のことに集中なさってください。お陰様で貯蓄に余裕ができましたから、どうぞ心配なさらないで」


 それに不思議な集落に行く関係で、モリス侯爵に占いの予約をいれないように頼んでいた。受付再開が多少先になるだけの話だから、誰にも迷惑はかからない。

 そう答えれば、アッシュは表情を改める。


「ありがとう」


 それからアッシュは寝食を忘れて、調査に没頭していた。

 フィオナは何度でも、彼と手を繋ぐ。少しでも夜に休めるように。彼女に出来ることは、それくらいしかなかった。


 アッシュは遺されていた書類を元に、モリス侯爵にも話を聞きに行ったという。モリス侯爵も大層驚いたらしく、どうしてもっと早くに相談しにこなかったと叱られたらしい。

 またモリス侯爵から、その組織に詳しいという知り合いを紹介してもらい、徐々に真実が明らかになっていったという。


 改めてアッシュの執務室に呼ばれたのは、不思議な集落から戻って、しばらく経った頃だった。

 ソファに並んで腰を落ち着けると、アッシュが切り出す。


「どうやらその組織は色々な貴族の資産を巻き上げているようだ」

「……!」

「伯母のように貴族たちに取り入って、周囲に猜疑心を抱かせるようにする。その組織に入った貴族たちは、そうして周囲を攻撃して、孤立していくのがセオリーのようだ。伯母の場合は、母という異分子を敵と設定したわけだ」

「……ひどい」


 ぽつりと呟いてしまう。


「本当に」

 

 頷くアッシュは、悲しげでもあった。


「そうやって孤立させていって……周囲の目を届かないようにしてから少しずつ財産を掠め取っていくのが真の目的のようだ。我が家は、父が気づいて、財産を持っていかれないように弁護士に書類を書き換えさせていた――死ぬ直前だった」

「……!」

「父の死ぬ間際に押しかけてきていたのは、金のためだったんだな……、だがどこかのタイミングで遺産の行く末と、書き換えられた条件について知ったのだろう、それで彼らは手を引いたようだ。ロイド家の資産が伯母には一銭も手に入らないようになったからな。それにもう借金もできないようになっているし――というわけで、父がロイド家を護ってくれたんだ」 

 

 ふう、とアッシュがため息をつく。


「父は、俺には伝えないようにと弁護士に指示していた。全て解決したのだから、無用に心配させる必要はない、と。だから俺に知らされることはなかったんだ。今回、俺がモリス侯爵や他の貴族たちから得た情報を持って訪れたから、可能な限り話してくれた」


 そこでアッシュの瞳にさっと影が走る。


「父はきっと俺が頼りなくて、そうしたのかな」


(伯爵さま……)


 フィオナがぐっと両手を握りしめると、それと同時に彼が顔をあげた。


「――と、以前の俺ならば落ち込んでいただろう。だがきっと、違う。父は俺のためにこうしてくれたはずだ」

「……!」

「母の記憶を視て、父が母と俺を愛していたということが分かった今は、もう気にしなくていい気がするんだ」


 フィオナはうんうんと頷いて同意する。


「私も……、私も、そう思います……! きっと、伯爵様のお父様は、伯爵様に幸せになってほしかったのだと、そう……感じています」

「そうだな。そう思えたのも、フィオナの『ちから』のお陰だ。ありがとう――まぁ伯母のことは放置はしておけないが。弁護士にも相談してきたし、出来る限り早急に対処する」


 彼がそこで口調を和らげる。


「そういえば、最近君のご両親の指輪を視ていなかったね? もしよかったら、久しぶりに視てみないか? なんだか今、気分がよくて、なんでも可能な気持ちなんだ」


 あっけらかんとした子どものような口ぶりだった。

 こんなアッシュに、フィオナは弱い。


「ふふ、じゃあ、そうしてみましょうか」


(視えなかったとしても、こうして気にかけてくださるのが嬉しい)


 フィオナは肌見放さず持っている形見の指輪を、ポケットから取り出した。ぎゅっと握って、反対の手をアッシュに差し出す。

 彼が手を握ると同時に――青みがかった光景が目の前に広がった。



『リシャール殿下……!』


 まるで絵画の中から飛び出してきたような、美しい金髪を持った青年が振り返る。顔だけでなく、洋服もちょっと見ないくらいの豪華で、やんごとない身分の人間だとすぐに分かる。

 近寄ってきた青年もまた高級そうな仕立ての洋服を着ている。

 青年は――ハニーブロンドの髪と、美しい碧色の瞳を持っていた。


『ああ、ルイスか。どうした?』


 ルイスがその場で跪く。


『今日付けで従者を辞めさせていただきたく、参りました』

『は?』


 リシャールが、腑抜けた表情になる。


『白い結婚を耐えましたので、休暇を頂きたく思います』

『き、休暇だと……?』

『どうぞ、お許しください。迷惑がかからないよう実家とも縁を切りました――ユリアナと結婚するために、いずれはそうするつもりでしたから。最初からこうすればユリアナを一人きりにすることもなかったと悔やみきれません」


 ユリアナ。


(……ユリアナ……!? 私の、ママの名前……、ということは、この人が、私の……、おとう、さん……!?)


 ついに、ついに、手がかりを見つけた……!


 そう思ったと同時に、フィオナはアッシュの手を離してしまう。

 気づけばフィオナは、アッシュの執務室で呆然としたままソファに座っていた。アッシュもどこか信じられない、といった表情を浮かべている。顔を見合わせると、一気に話し始めた。


「……、視、視えましたよね?」

「ああ」


 アッシュが頷いてくれたので、フィオナは勢いづく。


「私の、父、のように、思えました」

「君の面影があった。きっとそうだと思う」


 アッシュが静かな口調で肯定する。


「き、貴族の方、でしたね……、それに、たぶん、ママのこと、を思っていた、ような……」


 そこで何かに気づいて、フィオナは口を噤んだ。


『ユリアナを一人きりにすることもなかった』


「一人きりって言ってましたね。子供()のことは、ご存知ないのかしら」


 一気にトーンダウンしてしまったフィオナに対し、アッシュは冷静なままだ。


「それは分からないから結論を出すのは早いんじゃないかな。だが、重要な手がかりがつかめたね」

「重要な手がかり?」

「ああ。リシャールとは、王弟殿下の名前だ。君のお父上は、王弟殿下の側近だったんだな」


 ぽかん、とフィオナは口を開いてしまった。


「おうてい、でんか、の、そっきん……?」

「ああ。王弟殿下ならば、フォーサイス公爵に頼めばきっと手引きをしてくださると思う」

「――!」

「あの様子だと王弟殿下と君のお父様は親しそうだったから、今もきっとやり取りをしているのではないかな。もしくは、王弟殿下の従者を引き続き続けていらっしゃる可能性もあるし。休暇っておっしゃっていたから、今は復帰されているかも」


(えっ、そんな身分の高い人なの、私のお父さんって……!?)


 混乱しながらフィオナはアッシュを見上げる。

 彼は穏やかな眼差しを、彼女に向けた。


「ごめん、俺ばかり喋ってしまったな。君は、どう思う?」


 その質問を受けて、ようやくフィオナの思考がまともに回り始める。


「わたし、わたしは……」

 

(私は、どうしたいだろう……?)


 彼女はぎゅっとスカートを握りしめた。


(大魔女様は、私の信じる道を、信じる人と行けば、出会える、とおっしゃっていたわ……私の、信じる人……それは、もちろん……)


 フィオナはもう一度アッシュのヘイゼル色の瞳を見つめる。

 彼は決して答えを急ぐようなことはせず、彼女に向かって少しだけ首を傾げてみせた。


 不意に母親に会ってしまい苦しんでいたアッシュ。


『フィオナだったら、どうする?』

『私、だったら?』

『うん。君だったら、こんな状況だったら、どうする?』

 

 そう、尋ねられた。

 

『私だったら、話を聞きたいと思います。だって、……生きていらっしゃるんですもの。私の母は亡くなってしまいましたし、父は生きていますが顔も分かりません。だからもし父に会えたら、もしかしたら不愉快な思いをするかもしれませんが……、でも、話を聞きたいと思う気がします』


(そうだ、私は……あの時、そう答えた)


 そしてその言葉と共に、一歩踏み出したアッシュ。その彼が先ほど見せてくれた微笑みを思い返す。


『そう思えたのも、フィオナの『ちから』のお陰だ、ありがとう』


 彼女はぐっと顎をあげて、力強く言いきった。


「私は、お父さんと、会ってみたい、です」

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