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23.ロイド家の事情

 長い話になるから、とアッシュがフィオナにソファに座るように勧めた。素直にそれに従い、窓辺に立っているアッシュを見上げる。


「俺の覚えている一番古い記憶は、両親が楽しそうに笑いあっているものだ」


 そう切り出したアッシュの語る、ロイド家の物語にフィオナは耳を傾けた。


 ◇◇◇


 アッシュの母も伯爵家の出ではあったが、両親と血の繋がりはなかったという。遠い親戚の子を養子にしたとのことだったが、そのせいもあるのか実家とは縁遠かった。

 とはいえアッシュの両親は、恋愛結婚であった。

 夜会で出会い、父が母を見初めたのだという。

 アッシュの祖父母は、アッシュの父が家督を継いでしばらくして亡くなっており、唯一の血縁が伯母だけだったらしいが、その伯母との関係が悲劇的なほどうまくいかなかった。


「よくあること、かもしれないが……、父がいない場では、俺がいても構わずにずっと嫌味を言われ続けていた」


 母はあまり多くを語らない人だった、と彼は続ける。

 決してアッシュの前でも伯母の悪口を言ったりはしなかった。

 きっとそれは夫の前でも同じで。

 我慢に我慢を重ねた結果、母が倒れてしまうこととなる。

 そこで初めて深刻な事態に気付いた父は、そこからなんとか母のためになればと色々な策を講じたという。気が紛れればと手を尽くし、伯母とはなるべく顔を合わせないように気遣った。しかし、父も二十四時間側にいられるわけがない。目をかいくぐり、伯母が押しかけてきて、お前のせいで弟が言うことを聞かなくなったと母を罵倒した。それもアッシュの目の前で。


「その時、伯母が言ったんだ。『ロイド家を滅ぼしにやってきたんだろう、この魔女が! 私には分かっている』と」


(え……?)


「別に具体的な何かを示したわけではないし、伯母はただ単に攻撃をしたかったんだろうな」


 アッシュが、窓から外に視線を転ずる。


「けど、この集落に住んでいるのだから、母にはやはり何らかの『ちから』があるんだな。その言葉を聞いた母は顔色を失って、今にも倒れそうだったのが忘れられない。言い当てられた、と思ったんだろうか」


 アッシュがぎゅっと拳を握りしめる。

 その日の言い合いだけが原因ではなかっただろうが、しばらくしてアッシュの両親は別居することとなった。


「離縁ではなかったけれど、母がもう戻らないのではないかという予感がして……。俺は……母親が出ていったのを必死で追いかけたんだ。追いかけたけど……、一度も振り返らなかった」


(あ、もしかして、私が視たのは……!)


 アッシュが振り返って、言葉を失ったフィオナに向かって頷く。


「君も視たはずだ」 

「……!」


 あの時の、少年の思いはフィオナにもぼんやりと伝わってきていた。

 寂しさ。焦り。悲しみ。きっと、彼は自分が捨てられたと想っている。


「それで母が出ていった後、父は俺を厳しく育てた。母が出ていってしまった以上、俺に下の兄弟が出来るわけがないし……、であれば、跡を継げるのは俺だけだからな」


 アッシュの父は、愛人を作ったりもせず、跡継ぎはアッシュ一人だけ。だから父の期待に応えようと必死で生きた。ロイド家の立派な跡取りになり、父を安心させるのが、いつしかアッシュの目的となる。


 ――だが。


「父が病気で倒れたんだ。倒れたときにはもう遅くて、手の施しようがない状態だった。数年前の話だ」


 フィオナは息を呑み込む。


「父は……、寿命を悟っていた。だから……俺にこう言っていた。最期に、母に会いたい、と。でも無理だろうな、と……せめて、最期は静かに散りたい、と。だが子供の頃から会ってなかった俺にはどうすることもできなかった」


 ひたひたと彼の絶望感が伝わってくる。アッシュの横顔は、何も映し出していない。窓にうつっている、彼の顔にも。

 胸がつまるような思いだった。


「だがそんな父の最期の日々を、伯母がめちゃくちゃにした」

「え……?」


 アッシュがこちらをゆっくりと見ると、口元を微かに歪めた。


「その時初めて知ったんだが、伯母はとある教えに固執していたんだ」

「とある、教え……?」


 それからアッシュが呟いた名前を、フィオナは聞いたことがなかった。


「知らないなら知らないでいい。だが伯母は、父が倒れたと知ると、毎日のようにやってきて父の周りで祈祷をし始めた。時には見知らぬ大人を何人も連れてきて……、父が止めてくれ、と何度言っても止めなくて」


 はっと、フィオナは思い返した。


(そういえば……、そんな光景も視た)


 『姉さん、だから私は姉さんと距離を置いていたんです』

 『何を言ってるのよ、メイジャー。まだ若いのに貴方がそんな状況になってしまったのは、信心が足りてないからだと思うの。でも私に任せて。私がちゃんと正しい道に戻してあげるから』


 ぐったりとした様子でベッドに寝ている青白い顔の男性。男性の周りと取り囲む多くの人々。手には何か白い紙を持っていた。


「メイジャーというのは、では伯爵様のお父様、ですか……?」

「ああ、君はあの光景も視ていたよな……、そうだ、あの光景こそが……、父が病に倒れてからのことだ」

「白い紙を持っていたのは?」

「占い師だ。あの白い紙が病を吸い込むのだ、と言い張っていた。治るわけがないというのに」


 アッシュが悔しそうにつぶやく。


「患者である父が、最期は静かにしてほしいといっているのに、ああやって毎日押しかけてきて。何が、占い師だ」


(そういう、ことか……だから、最初は伯爵様は占い師にあれだけ嫌悪感を持っていらっしゃったんだわ)


 すとんと腑に落ちた。


「揉めに揉めたが、なんとか父は伯母たちを追い出して……、力尽きて亡くなった」

「――……!」


 亡くなったら亡くなったで、伯母と占い師たちが押し寄せて、アッシュの父が亡くなったのは信心が足りていないからだと騒ぎ立てる。しかしどうしたことか、アッシュが家督を継ぐと、伯母は屋敷にはやってこなくなった。その代わり、ロイド家に関するあれこれをお茶会や夜会で喋り始めた。


『当主が呪いのせいで亡くなった』

『当主の妻がその呪いに加担していたらしい』

『そんな両親を持つ今の当主も当然呪われている』


 良識ある人は、アッシュの味方となってくれたという。それこそモリス侯爵もそうだが、それでもやはり噂というのはどんどん尾ひれがついていくものだ。

 アッシュは諦めたように笑った。


「一番困ったのは、伯母がほうぼうに借金もしていたことだ」


 その組織での活動は、国全土に及ぶ。

 組織の活動を支えるための献金を、伯母はロイド家の名前を使って、借金をして賄っていたのだという。


「え……!」

「俺が気づいたときには、結構膨らんでしまっていた。なんとか返しきったが、我が家にはもうほとんど貯蓄がない。金貸しのブラックリストに伯母の名前を載せたから、今後は同じようなことは起こらないはずだが」


 ふう、とアッシュがため息をつく。

 呪われているという噂。

 周囲に噂話を吹聴する上、いかがわしい組織の一員である伯母。

 そして貯蓄もほとんどない。

 これだけ見目がよいアッシュのことを、令嬢たちが結婚相手として望めないと思っていた理由がわかった。


「そんなわけで俺は占い師が嫌いだったし、具合がよくない人を前にすると、父を思い出して狼狽してしまうんだが……君のお陰で変わった。君のお陰で、信じるにたる占い師がいることもわかったし、看病だってすることができるようになった」


 アッシュがそこでふっと口元を緩める。


「この話は、他人に初めてしたが――なんだかすっきりした。最後まで聞いてくれてありがとう」


 嘘ではないだろう。彼の顔色は、話し始めた頃よりもずっと明るくなっている。

 

(だったら、よかった……!)


「ロイド家がろくでもないってことははっきりしただろう?」


 どこか自信のなさげなアッシュに、フィオナはきっぱりを首を横に振る。


「いえ、そんな風には思いませんでした。ご両親は……伯爵様のことを大切に思われていたのではないでしょうか」


 そう言えば、アッシュがくしゃりと自分の髪をかきあげた。


「そうかな……?」

「はい。そんな感じを受けました」


 アッシュと手を繋いで視た記憶にはすべて、慈しみが溢れていた気がする。決して冷たかったり、居心地が悪いものには感じられなかった。

 そもそもアッシュの行動が、愛を知らない人のそれとは思えなかった。

 最初の出会いこそ衝撃的だったが、いつだって彼はフィオナを守ろうと動いてくれていた。

 だからフィオナは彼を信頼したのだ。

 フォーサイス公爵ではなく、アッシュの手を取った。

 それにアッシュはフィオナに対してだけでなく、使用人たちに対する態度も、常に思いやりがある。きっとそれは――彼が両親から愛されていたから。


 フィオナは続きを言うのを少しだけ躊躇ったが、思いきって続ける。


「これは私の全くの推測なんですが、先ほどお母様は伯爵様をご覧になって、どうしてここに、とはおっしゃいましたけど、成長された伯爵様だと一目で見抜かれていたじゃないですか。子供の頃から一度も会っていなかったのに、不思議だと思いませんか?」

「え……?」

「この集落にいらっしゃるから、お母様も『ちから』をお持ちだと思いますし……、だからこそ、……きっと、どんな形であれ伯爵様の成長を見守っていらっしゃったのではないかしら、と考えます」


 アッシュが途方に暮れたような表情を浮かべた。

 彼はしばらく黙り込み、それから口を開く。


「母は……俺のことを捨てたと思っていた。だが……この集落で暮らしているのだから、何か事情があったのだろうか」

「――かも、しれません」

「そうか……。そうだよな……」


 彼が静かに考え込む。


「フィオナだったら、どうする?」

「私、だったら?」

「うん。君だったら、こんな状況だったら、どうする?」


 フィオナはじっとアッシュを見つめる。


「私だったら、話を聞きたいと思います。だって、……生きていらっしゃるんですもの。私の母は亡くなってしまいましたし、父は生きていますが顔も分かりません。だからもし父に会えたら、もしかしたら不愉快な思いをするかもしれませんが……、でも、話を聞きたいと思う気がします」


 再びアッシュは黙り込んだが、やがて口を開いた。


「君の言う通りだ。確かに両親とは一緒に過ごせなかったが、でも……酷い目に合ったことはない。きっと今、このまま帰宅したら……、俺は後悔するだろう。だから……母に話を聞いてみることにする」


(……!!)


「はい。お母様、ここから見えるピンク色の屋根のお家にお住まいらしいです。いつでもいらしてっておっしゃってましたよ」

「うん。じゃあ明日の朝に訪ねてみよう……フィオナ、よかったら一緒に来てくれる?」

「もちろん!」


 アッシュが静かに、ありがとうと呟き、微笑んだ。

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