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22.思いもよらない邂逅

 ルーカスによると、『魔女の里』は、国境の町外れに入口があるという。

 近くまで馬車を寄せてもらい、下ろしてもらうことになった。


「別に、普通だな」


 あたりを見回して、拍子抜けしたようにアッシュが呟いた。


「そうですね」


 フィオナも応じる。

 彼らの暮らす国の中央部に比べれば確かに寂れてはいるし、手入れされていない木々は多い。だが、二人で歩いている街道の脇にもぽつぽつと人家が見られるし、いたって普通の郊外の町並みなのだ。


「昼間ってのもあるのかな」

「かもしれませんね。それで、大きなオークの木にあるヤドリギを探したら良いんですよね? そのヤドリギの下に立てばいい、と」


 ルーカスの言葉を思い返しながら、フィオナは木々に視線を送った。


(ヤドリギの下に立つなんて、聖人の生誕節みたい)


 フィオナの育ったダルカン共和国では冬にある、聖人の生誕節にヤドリギの下で男女がキスを交わすと幸せになるという言い伝えがある。それはカルドリア王国でも同じだろうか。


(まぁでも、今日は聖人の生誕節じゃないし、関係ないわね。それよりどのオークの木かしら……?)


「ヤドリギ……二人で、立つ、ってなぁ」


 どうしてか少し挙動不審でぶつぶつ呟くアッシュに、オークの木を探すのに夢中だったフィオナは気付いていない。


(今が秋だったら、どんぐりがなるから分かりやすいけど、季節が違うから見つけるのが大変そう――)


 そこまで考えた彼女がぴたりと足を止めると、隣でアッシュもまったく同じタイミングで立ち止まる。

 無意識のまま彼女は、アッシュのシャツの袖をくいっと引っ張った。


「あ、あれ……、み、見えますか、伯爵?」

「うん」

「で、ですよね……!?」


 しばらくいった先、周囲の木よりもダントツに大きなオークの木に、どうしてか雲の切れ間から陽の光が注いでいる。そこまで風が吹いていないのに、なぜか枝が大きく揺れているその木には、確かにヤドリギがぶらさがっている。


(教えていただいた、まま……!!)


 フィオナはふうと息を吸い、それから吐く。

 どうしてか身体がぶるっと震える。


(なんだか、なんだか……、尋常ならざるものへの入口っていう感じがして、ちょっとだけ……怖い、かも)


「フィオナ」


 そこで、アッシュに名前を呼ばれて、我に返る。


「君のほうが『ちから』が強いから、何か感じるのだろうな。良かったら、手を繋いでいかないか? もしかしたら中和できるかもしれない」

「……!」


(伯爵様……! そう言ってくださるなんて……! なんて心強いんだろう)


 フィオナの胸がとくんと高鳴る。

 彼女は一人ではない。

 アッシュがいてくれる。


「ありがとうございます」


 フィオナが彼のシャツから自身の手を外すと、彼がそのままぎゅっと握りしめてくれる。

 ふわり、と浮遊感を感じた。 

 それから、ゆっくりと震えが止まっていく。


(あったかい)


 お互いに手袋をしていなくて――直に触れ合うことにも慣れた。

 アッシュはいつからか手袋をしなくなったし、フィオナもそうだ。その方が、お互いに浮遊感を感じられるから。彼のごつごつとした手の感触が、フィオナを安心させてくれる。

  

「フィオナのタイミングで、行こう」


 気遣ってそう言ってくれるアッシュに、頷く。

 彼のお陰で、一歩前に進むことができる。


「こうしてくださったら、もう大丈夫。……行きましょう」

「わかった」


 視線を交わしてから歩を進め、ヤドリギの下に、立った。


 すると。


 しゅん、と一気に風景が変わる。

 気づけば突然、森の中にある集落のど真ん中にいた。


「……!?」


 ふたりとも絶句してしまう。

 狼狽したフィオナは辺りを見渡した。

 先ほどよりももっと牧歌的な光景が広がっている。


(さっきまでと景色が全然、違う……それに――)


 フィオナはぱっと空を見上げた。


「どうして夜になってしまったの……!?」

「……だな。一体どんなカラクリなんだ?」


 いつもより甲高い声のフィオナに、アッシュの唸り声が応じた。

 先ほどまでお昼間だったのに、今やもう、既に夕暮れ。

 辺りの家の煙突からももくもくと煙がでているのがはっきりと目視できる。


(どうして時が一気に進んじゃったの……?)


 彼女はぎゅっとアッシュの手を握り締めてしまった。


「でもやっぱり……私達、ちゃんと入れたの、ね……?」

「たぶんな」


 もちろんアッシュも自信なさげだ。


「とはいえ、なぜかあまり嫌な感じを受けないな」


 彼を見上げると、ぱちっと視線が合う。


「君の方が俺より『ちから』が強いからな。君はどう思う?」


 アッシュに言われて、周囲に視線を転じる。

 どの家もこじんまりとしたサイズ感で、石壁に屋根の色はカラフルで、可愛らしい。よくよく見れば、そんな家の裏手には畑のようなものが広がっている。


「私も、嫌な気がしません」


 素直に答えると、アッシュが肩をちょっとだけ落とした。

 

「だよな。それにフォーサイス公爵子息の友人によれば、基本的に皆気さくだって話だったよな」


 フィオナも思い出して、頷く。


「はい。宿屋はないけど、そのあたりの人に声をかければ、空き家に泊めていただける、のような感じでした。小さな集落だから、一日あれば見て回れるだろうってことでしたし」


 基本的にここは『ちから』のある人しか入れない集落ということもあってか、迷子には親切にしてくれるのだとか。 


「でも、話しかけるにしても、誰もいないですね」


 辺りは閑散としていて、人の気配を一切感じない。


「じゃあ、どこかの家を訪ねてみて、それで――」


 だがそこで背後で足音がして、フィオナは振り返り――そして瞠った。

 少し先に、目を丸くした女性が立っている。

 茶色の髪の、ほっそりとした女性だった。

 

(この人、あの時は後ろ姿しか視えなかったけど、きっと―――……)


「―――っ」


 隣からぎりっと奥歯を噛みしめる音が響き、ゆっくりとアッシュを見上げる。


 彼はまるで生きている幽霊をみたかのような表情で、食い入るように女性を見つめていた。

 女性は信じられないという表情で、それから口を開く。


「アッシュ……? どうして、ここに……!?」


 そう声を上げた彼女が目の前にまでやってくると、ヘイゼル色の瞳はアッシュに瓜二つだった。


(やっぱり……、あのとき、視た人だ)


 小さいアッシュが、追いかけていた女性。

 道端に転んでしまっても尚、追いかけようとしていた人。

 きっと、この人はアッシュの――。


 その時、アッシュがフィオナと繋いでいる手に力をこめる。


「アッシュ、私のこと、分かる?」


 すがるような彼女に対して、アッシュの返事はどこか少し温度が低かった。


「分かります」

「どうしてここにこれたのか分からないけれど……私の話を聞いてほしい。あの時、貴方を連れていけなかった理由を……!」

 

 必死な想いがひたひたと伝わってきた。

 泣き出しそうな表情の女性を前に、アッシュがその名を呼ぶ。


「母さん、もう、終わったことです」


 しんと静寂が訪れた。

 アッシュの母親が瞬きをすると、眦からすうっと涙が流れる。


「そう、よね……、今更、何を、と、思うわよね……貴方にしたら、私のことなんて……許せないわよね……」


 アッシュの母親が自分の眦を押さえて、涙を拭き取る。

 それから笑みを浮かべて、フィオナに会釈してくれた。


「取り乱してごめんなさい。それで……どなたかをお訪ねになってきたの?」

「あ、え、えっと……」


 フィオナがちらりとアッシュを見上げると、強張った表情のまま、微動だにしなかった。


「はい。私……その、『ちから』があるのですが、お、同じく、『ちから』がある方がこの村に来たことがあると聞きまして。え、っと、私、カルドリア王国出身なので、似たような境遇の方もいらっしゃると聞いて、その……」


 『ちから』がなければこの里にやってこれないのは当然だ。そんなしどろもどろなフィオナの説明にもアッシュの母親は穏やかに相槌を打ってくれた。


「そういうことだったのね、承知しました。今夜はもう遅いから、休むことの出来る空き家に案内するわ。ええっと……、一緒でいいわよね?」


 アッシュの母親がちらりと繋がれたままの手に視線を落としてそう続ける。


(同じ家……! まぁ一晩だし、いいかな。それに……伯爵を一人きりにさせられない)


 先ほどから彼の顔色は真っ白といってもよく、正直出会った頃の不眠症だった頃を彷彿とさせる。心配でとてもじゃないか離れることなんてできない。


「はい、一緒でお願いします」


 アッシュの母親に連れられるがまま、手近の空き家に到着する。


「今夜はここでお休みになってください」

「……世話をかけました」


 一言だけそう言うと、アッシュはさっさと家の中に入ってしまい、玄関の前でフィオナはアッシュの母親を振り返った。


「家にあるものはなんでも使っていいわよ。必要なものは揃っていると思うけれど、念の為に伝えておくと、私の家はあそこなの。何か困ったことがあったら、いつでも来て」


 指さされたのはほど近くに立っている、他の家と同じくピンク色の可愛らしい屋根の家だった。


「ありがとうございます」

「この村を取りまとめている大魔女様がいらっしゃるのだけど、早く休まれてしまうの。だから明日の朝に、案内するわね」

 

 彼女はそう言ってから、ううん、と呟く。


「私が一緒じゃないほうがいいわね。誰か他の人に頼むわ」

「……っ」


 事情の全く分からないフィオナには何も言ってあげられない。それに、アッシュは彼女を拒絶していた。フィオナが大切にしなくてはならないのは、アッシュの気持ちだ。


「ごめんなさい、貴女に言っても仕方ないことを」


 諦めたように、アッシュの母親は笑う。

 そうやって笑うと、やはりアッシュの笑顔が彷彿とする。

 二人はやはり親子なのだ。


「貴女が彼を連れてきてくださったのね」

「は、はい。私に付き添ってくださったんです」

「そう。おかげでこんなに近くで顔を見ることができたわ。ありがとう」


 やはりなんと答えたらいいのか分からない。

 言葉を呑み込むフィオナに、アッシュの母親はにこりと微笑みかけた。


「おやすみなさい。よく休んでね」

 

 そう呟くと、アッシュの母親は踵を返し、帰っていった。


 ◇◇◇


(伯爵様、大丈夫かな!?)


 というフィオナの心配とは裏腹に、 アッシュは思ったより元気そうだった。


「フィオナ、この奥に部屋が三つあって、どの部屋にもベッドが入っていたよ。浴室もきちんとあった」


 アッシュの声は、いつもと同じ柔らかさだ。


(うん、さっきよりは少し……顔色も良いわ)


 それからフィオナは言葉を選んで、アッシュの母親から聞いたことを伝えた。


「だから今夜はここに泊まらないといけないですね」


 フィオナがそう言いながら食料庫を明けてみると、そこには食材がいっぱいに詰まっている。


「わぁすごい……! これなら問題ないですね」


 アッシュがびっくりしたようにフィオナを見下ろした。


「問題ないって、君が作ってくれるの?」

「はい。でもご存知だと思いますけど、私は美食家じゃないので、あまり期待しないでください」

「作れるだけで十分すごいよ。俺も手伝わせて」


 フィオナは彼を見た。


(することがあったほうが、気が紛れるかな)


「じゃあお願いします」


 そうして、二人で夕食作りに取りかかることになったのだった。 


 簡単にボイルしたソーセージと煮豆、それからちぎった野菜に塩を振ったもの。美味しそうなライ麦パンもあったのでスライスして、バターと共に添えた。

 アッシュはフィオナの手先となって働き、机を拭いたり、皿を並べたりしてくれた。

 それから向き合って座って、二人でいただく。


(うん、美味しいな)


 本当に簡単な料理だったが、お腹が空いていたのもあってかとても美味しく感じられた。

 食事をとり終わると、ようやく一息つく。

 

 それからいつものように雑談をしてから、それぞれの部屋で眠ることにした。なんとこの家には寝間着も用意されていて、ありがたく拝借することとする。

 さて寝よう、とベッドに滑り込みながら、フィオナは隣室のアッシュのことを思い浮かべる。

 アッシュは母親のことは一度も触れなかったし、フィオナも聞かなかった。


(伯爵様が少しでも眠れますように)


 眠る前に願ったのは、アッシュの心安らかな眠りだった。


 ◇◇◇


 夜半過ぎ。


(ん……)


 フィオナが目を覚ますと、扉の隙間から、光が漏れていた。


(伯爵様、起きていらっしゃる……? やっぱり眠れないのかな)


 彼の不眠症のことが過ぎり、彼女はベッドから降りる。

 リビングルームへ行ってみると、立ったままのアッシュが窓の外をぼんやりと眺めていた。


 彼の背中が、呟く。


「ごめん、起こしちゃったかな?」

「いいえ、私が勝手に起きただけです」

「そっか。君は優しいね」


 アッシュがふっと笑う気配がする。

 けれど、窓に映っている彼の顔は、淋しげだ。


「……情けないことに、眠れないんだ」


 その囁き声に潜む悲痛さに、フィオナは息を呑む。


(私……、聞かないって言ったし、そうするべきかもしれないけど……、でも、やっぱり……こんな伯爵様を放っておけない)


「伯爵様……私に、何かできること、ありませんか?」

「気持ちは嬉しいが……これ以上君に迷惑をかけるわけには……」


 アッシュの背中が答える。


「迷惑じゃない、です」


 そう呟くと、彼の手が握り締められる。


「私でよかったら……どうか聞かせてください。伯爵様のことを……伯爵様のことだから、知りたい」


 彼への想いをこめて、伝える。

 しばらくの沈黙の後、彼が姿勢を戻し、それからくるりと向き直った。


「……っ」


 アッシュは穏やかな表情を浮かべていて、フィオナは胸をつかれる。


「そう言ってくれて、ありがとう。あまり気分の良い話ではないが、聞いてくれるか?」

「は、はい、もちろん……!」

「うん。俺も、フィオナに聞いてほしい」

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