可愛い幼馴染はヤンデレでした
私には可愛い幼馴染がいる。
若槻伊月。少しだけ女顔で、でもすごく整った顔立ちで、可愛くて誰にでも優しくて素敵な男の子。
ちょっとだけ怖がりさんで、おばかさんで、勉強は得意じゃないけど運動は意外にも得意。
身体つきも細いけれど筋肉は付いていて、顔に似合わず男の子らしい身体。でもそのアンバランスな感じがまた魅力的。
そんな彼は将来も有望。何故なら彼の唯一の肉親であるお兄さんがすごい人だから。
彼をいっとう愛するお兄さんは、両親を亡くした後彼を養うため遺産を使って手広く事業を行った。
結果平凡な一般人だった彼はいつのまにやらお金持ちのボンボンに。
お兄さんはまだ高校生でしかない彼にももう株を持たせて、その配当金だけで十分一人で生きていけるほどにしてしまった。
この兄弟怖い。
ちなみにお兄さんは伊月くんと歳が離れているので私とは幼馴染って感じじゃない。
でも伊月くんの幼馴染として可愛がってくれている。
時々伊月がごめんな、と謎の謝罪を受けるけど。
「ゆめちゃーん!」
そして私こと石谷ゆめ。
彼の隣に相応しくない、何から何まで平凡な女。
特筆すべき特徴もない。
けれど、ああけれど。
伊月くんの幼馴染になれたことは、私にとって何よりの幸福でした。
「…あれ?ゆめちゃん、ゆめちゃーん!どうしたの?一緒に帰ろう!今日はどこ寄り道していこっか!」
ニコニコと、笑顔で話しかけてくる伊月くん。
ごめんね。
酷いことして、ごめんね。
「話しかけないで」
「え?」
「もうアンタなんか嫌い」
思ったより冷えた声が出た。
胸が苦しい。
自分の言葉に鳥肌が立つ。
体が震えないように、必死で抑える。
呆然とする伊月くんを放置して、その場を後にした。
「…」
誰もいない寂れた公園で泣く。
とても寂しい。
とても苦しい。
伊月くんの傷ついた顔が、心を抉る。
けれど、もっと傷ついたのは伊月くんだろう。
ごめんね、伊月くん。
「ふっ…ううっ…」
今回のことは、私の弱さが招いたこと。
伊月くんに恋する女の子達に囲まれて、脅された。
もう二度と伊月くんに近づくなと。
それだけならば抵抗もした。
けれど…それだけでは済まなかった。
もし抵抗するならば、私を人質にとって伊月くんに酷いことをしてやると脅された。
本当にそんなことが出来るのか、わからない。
でももし現実になったら、優しい伊月くんは女の子達の言いなりにされてしまう。
私のせいで。
そんなの嫌だった。
「ううっ…ううっ…」
涙が溢れて止まらない。
好き。
ずっと貴方が好きでした。
お金持ちだからでも、可愛いからでもなくて。
誰にでも優しくて、そのくせいっとう私を大事にしてくれた貴方だから。
「…ゆめちゃん」
後ろから、聞こえるはずない声が聞こえる。
振り向いたら、伊月くんがいた。
いや、なんで?
私酷いことをしたのに。
思わず涙すら引っ込んで、素で困惑してしまう。
「可哀想」
そう言って伊月くんは私を抱きしめた。
「可哀想に。思ってもないことを言ってしまって後悔してるんだよね?」
「え、え、伊月くん」
「うん、うん。辛かったね。悲しいね。もう泣かなくていいんだよ。全部、俺がなんとかしてあげる」
…伊月くん、どこまで知ってるの?
「でも…そうだなぁ。いや…」
何かを悩む様子の伊月くん。
「…とりあえず、俺の家においで」
「え?」
「そんな顔で、ご家族の待つお家に帰れる?」
それはそう。
絶対心配される。
無理、でも。
「今日、伊月くんのお兄さんって」
「いないよ」
伊月くんのお兄さんは忙しい。
四人家族で住んでいた伊月くんのお家は、今伊月くん一人で住んでいる。
一人暮らしにはちょっと大き過ぎるよね、と伊月くんはボヤいていたけど…。
たまには帰ってくる伊月くんのお兄さんだけど…今日は無理だろう。
明日から三連休で、私たちはお休みだけど逆にお兄さんは稼ぎ時だから。
だからいなくて当然。
なんだけど。
「さすがに二人きりは無理じゃない?」
「遠慮しなくていいよ」
「でも…」
「ゆめちゃん、ゆめちゃんは俺を傷つけたのに、俺をまた拒絶するの?」
胸がギシリと音を立てて歪んだ。
「ごめ、ごめんね伊月くん…」
「一緒に帰ろう?おばさんにはもうお泊りの許可もらったし」
「え」
「今日から三連休が明けるまで、ずっと一緒にお泊りして良いって」
…それはそれで、うちの親はどうなんだろう。
いや、伊月くんの人柄を知っているからこその許可とはわかるけど。
「ほら、おんぶしてあげる」
「え」
「そんなに泣いたら起きてるだけでもつらいでしょう?俺の背中で寝ちゃって良いよ」
…断ったら。
また悲しませちゃうかな。
「うん…」
「良い子」
伊月くんを傷つけたのに。
伊月くんの背中に安心して、いつのまにかそのまま寝てしまった。
「可愛いなぁ、ゆめちゃんは」
そして、おばかさんだ。
あの女の子達は俺の仕込み。
言わせたセリフも仕込み。
ゆめちゃんを試したのだ。
どんな時でも俺を頼ってくれるか、一人でどうにかしてしまおうとするのか。
「…まさか、一人で頑張っちゃうなんて」
悪い子。
俺に頼ってくれたら、可愛い幼馴染のままでいてあげたのに。
でも、仕方ないよね?
一人で頑張っちゃう悪い子なら、外にはもう出せないなぁ。
「ねえ、ゆめちゃん。知ってる?」
ゆめちゃんのご実家はね、実は借金があったの。
途方もない額の借金が。
…ゆめちゃんは気付いてなかったよね?
だってその借金を負うように仕向けたのは俺だし。
ゆめちゃんが勘付く前に肩代わりしてあげたのも俺だし。
そのかわりにゆめちゃんを俺にくれるようゆめちゃんのご実家に言い含めたのは俺の兄だし。
「本当はねぇ、大学卒業くらいのタイミングで囲い込むつもりだったんだけど」
ゆめちゃんに惚れたとか抜かす男がいてさ。
ゆめちゃんのこと口説こうとしてたから。
ゆめちゃんは気付いてなかっただろうけど、熱烈な視線を送られていたんだよ。
それで、何かあったらすぐに俺を頼ってくれるか試したの。
大丈夫なら、男を排除して大学卒業まで待ってあげるつもりだったのだけど。
もう、無理だね。
ゆめちゃん。
この三連休のうちに、デロデロに甘やかしてあげる。
そのかわりに、どうか三連休の間に高校の退学届を書いてね。
辞めさせるから。
家に閉じ込めるから。
今年はまだ無理だけど、来年十八歳になったら婚姻届にサインもお願いね。
もう無理だよ、無理。
逃がしてあげないからね。
お金ならあるし、俺も外では頑張るからさ。
ゆめちゃんはおうちにいて、お留守番を頑張って、俺が帰ってきたら癒してね。
自由は奪うけど、その分幸せにしてあげる。
自由以外のなにもかもを与えるよ。
だけど絶対逃がさないから。
ごめんね、愛してる。