第9話:人に遭っては人を斬り、鬼に遭っては鬼を斬る
あらすじ:スミレは自分の剣には心がないと言う。そして、ボスが姿を現そうとする。
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以前、国王陛下の親衛隊の一人、マンフレッドさんが楔石の町に来て、優秀な冒険家を選抜する目的で武芸大会を開いたことがあった。そこで息一つ切らさずに陛下直属のナイトたちを模擬戦で倒して見せたのがスミレだった。いや、あれは怖かったなあ。大の大人のナイトたちが、スミレ一人に何一つできずに倒されていくんだから。
当然マンフレッドさんもめちゃくちゃやる気になって、本気で「竜狩りの槍」を振るってスミレと勝負したよ。スミレも「人間相手に二刀になったのは、身内以外で初めてです」とか言って小太刀も抜いていたっけ。あれは人外の模擬戦だった。
「楔石の町に剣の申し子がいるとはなあ! この老骨も久しぶりに血がたぎるわ!」
なんて言いながらマンフレッドさんが岩を砕く勢いで竜狩りの槍を振り回すし、そのことごとくを紙一重でかわすスミレもすごい。でも最後は、スミレが小太刀だけを逆手に持ち替えて「弐ノ秘剣――――」と言った瞬間、審判が「そこまで!」と宣言して終わった。二人とも満足したみたいだけど、見ているこっちはハラハラしっぱなしだった。
スミレの秘剣を見たかったような、見なくてよかったような……。結果は引き分け。マンフレッドさんはスミレを親衛隊に誘ったけど、スミレは頑として首を縦に振らなかったのがオチだ。
「私は兄上や姉上に比べれば若輩もいいところです。精進しなければなりません」
「いや、それでもすごいと思うけど。スミレの剣の腕はこの町で一番だよ」
「いいえ。私の剣ではあの方たちには遠く及びません。もっと速く、鋭く、重く、そして何より美しくなくては」
そう言うスミレは、焦燥だけでなく憧れも感じているかのように遠くを見ていた。ええ……スミレの兄さんや姉さんってもっと強いんだ。東の国って怖い。
「それに、私の刀には心がない。そう兄上は申されました」
「心?」
「はい。人に遭っては人を斬り、鬼に遭っては鬼を斬る。それが刀ですが、それだけでは修羅に堕ちることもある、と。私の刀は心が伴わず、危ういゆえに家の奥義を教えるには未熟であるとのことです」
「そうか……お兄さんもお姉さんもスミレのこと心配してくれてるんだ」
「はい。お二人はとてもお優しいのです」
そう言うスミレの顔は誇らしさと寂しさが入り混じったような複雑なものだった。
「セシル。あなたは私の持っていないものを持っていますね。あなたは私より……強い」
「ええええっ!? 僕がスミレよりも? ないないない! そんなわけないよ!」
いきなりとんでもないことを言いだしたスミレに、僕は手を振って否定した。
僕がスミレと勝負したら、一万回戦っても勝てる見込みはない。たとえ就寝中にメイスを振り下ろしても、スミレは熟睡したまま反撃してくるだろう。実力差は歴然としている。
「あなたの盾には、私にはない『心』を確かに感じるのです。仲間を、弱者を、友を守ろうとする強い意志を。それは、無欲な私の刀にはない……とてもまばゆいものです」
「あ、あはは。買いかぶりすぎだよ。僕はただ臆病なだけだから」
僕は照れ隠しに頭をかいて、視線を外す。僕だってスミレのことはうらやましかった。僕もスミレのように強ければ、もっと立派なナイトになれたはずなのに。
「僕は、スミレの刀もとてもまばゆいと思うよ」
だから、僕だってスミレの良いところを口にする。
「どんな時でも絶対に揺らがないで、まるで風みたいに何物にも遮られないで、一撃でモンスターを仕留めるスミレの刀。僕はとてもきれいだと思ったんだ」
そう。スミレの刀は風みたいに自由自在だ。それなのに、彼女がひとたび刀を振るえば、その瞬間にモンスターの首が落ちる。その凄みさえ漂う奔放さは、きっと僕の盾とは対極にあるものだ。
「ありがとうございます。兄上や姉上に褒めていただいた時も嬉しく思いましたが、あなたの言葉が一番嬉しいです」
「あ、あはは……」
こういうことを平然と言うあたり、やっぱりスミレは天然だ。けれども、気を抜いてしまった僕とは裏腹に、スミレはどこまでもサムライだった。
「セシル」
「ん? どうしたの?」
「御無礼仕ります」
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