第8話:私、もっと強くなりたいです
あらすじ:隠し通路の先は結晶の林立する不思議な空間だった。セシルたちは休憩するが、その時スミレはもっと強くなりたいという願いを口にするのだった。
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その後魚人の襲撃もなく僕たちは歩き続けていたところ、急に視界が開けた。
「うわあ……」
僕は上を見上げ……
「おや……」
スミレは周囲を見回す。僕たちの目の前に、無数の結晶が立ち並ぶ広大な空間が広がっていた。まるで結晶の林だ。地面からも天井からも、うっすらと光る巨大な結晶が林立している。頭上には太陽がわずかに見える。
「綺麗ですね」
スミレがぽつりと言った。幻想的な光景は、地上では見られない遺跡独特のものだ。多分、この結晶は触媒としても使えるだろう。資源の山のようなものだ。でも、同時にここは明らかに遺跡の表層とは異なる。どう見ても遺跡の深層が、この辺りとつながった結果できた場所だ。時空がねじれる深層ならそういうこともあり得る。
「セシル、あれを」
スミレが指さす先には、ひときわ大きな地面から生える結晶に、巻き付くようにして一本の木が生えている。幹からもあちこちから結晶が突き出していて、枝の先には花が咲いていた。バラに少し似ている花も、まるで結晶のような材質だ。
「捕食するタイプかな」
僕は身構える。盾と一緒にメイスも握りしめた。
「いえ、あの花はおそらく違います」
「どうして分かるの?」
「敵意がありません」
平然ととんでもないことを言うスミレ。
「ええと、あのさ……スミレってモンスターの敵意とかそういうの、分かるんだ」
「分かるからこそ紙一重の回避ができるのです」
そう言うと、静かにスミレはその場に座る。本人にとっては当たり前のことらしい。
「え? スミレ?」
「少しお休みしませんか? セシルも立て続けの探索で疲れたことと思います。いかがですか」
そう言って彼女は懐に手を入れると、公器から竹の水筒を取り出した。栓を抜いて、こちらに差し出してくれる。僕はその水筒を受け取ると中身を口に含んだ。冷たい水が身体に染み渡る。
「ありがとう。僕も少しあるんだ」
僕は僕で腰のポシェットからドライフルーツを取り出して、スミレの手に乗せる。干しブドウとイチジクだ。
「どうぞ」
「……いただきます」
スミレは嬉しそうな顔をした後、ゆっくりと口に入れた。もぐもぐと咀噛して飲み込む。
「これは、おいしいです。とても濃厚で深い味わいです。それに甘くて……」
「ありがとう。実はこれ、僕が作ったんだ」
「セシルがですか?」
「あはは。騎士団で僕は後方で兵站の担当だったんだ。料理人の人たちと仲良くなって、いろいろ教えてもらったなあ」
ナイトにあこがれてようやく駆け出しとなった僕だけど、最初はまったく芽が出ない落ちこぼれだった。防御はできても攻撃が全然できないし、モンスターが出れば足が震えて動けなくなってしまう。
そんな出来損ないの僕でも、騎士団のみんなは辛抱強く教えてくれた。「最初から勇気がある奴なんてどこにもいない。俺たちナイトは弱い人を守るためにいるんだ。だからセシルも、今自分が弱いことを恥じるな。その気持ちを忘れなければ、きっと弱い人に寄り添える優しく強いナイトになれる」そう隊長はおっしゃっていた。
実際、今では冒険家としてローガンさんのところで盾となって活躍できるんだ。騎士団のみんなには感謝してもしきれない。
「セシルは器用ですね。私は料理は全然だめなのです。刀を振るうのは得意ですが、しゃもじやお玉は扱いが難しくて……」
「あはは。僕と逆だね。僕はナイフやお鍋を使うのは得意だけど、盾やメイスを使うのは苦手なんだ」
なんとなく、それまであまり知らなかったスミレの一面を見られたような記がして嬉しくなる。スミレは人間嫌いじゃないし、無愛想でもない。でも何を考えているのか分からないところがあるし、何より四六時中剣の鍛錬を行っている。それなのに筋肉が極端についたり、手がごつごつしないのが不思議だ。いつでもスミレはお嬢さんのままだ。
「私、もっと強くなりたいです。あなたの背中を守れるくらい」
不意打ちのように言われて、僕の心臓が跳ね上がる。スミレは相変わらず無表情だけど、少しだけ頬が赤い気がする。
「ス、スミレは今既に充分強いじゃないか」
実際そうだ。彼女は攻撃だけで言うならうちのパーティどころか、ここ楔石の町の冒険家の中でトップクラスだと思う。
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