第7話:御見事
あらすじ:セシルとスミレは洞窟を探索する。寄生された魚人が襲い掛かってきたが、スミレはあっさりと撃退する。
◆◆◆◆
僕とスミレは、薄暗い通路の中を歩いていた。壁や天井は自然の洞窟をそのまま利用しているようで、ごつごつとしていて、たまに水滴が落ちてきたりする。僕はランプに発光の触媒を入れてかかげている。僕が先頭に立ち、背後をスミレに守られながら進む。もっとも、敵が来た場合はまず僕が盾で受け止める。それがナイトの義務だ。
「セシル」
スミレがそうささやくのと同時に、草履の音が止まった。
「二匹来ます」
落ち着き払ったスミレの声と同時に、猛烈な勢いで二匹の魚人が襲い掛かってきた。頭にはキノコらしきものが生えている。いや、たぶん複眼の脳食いグモだろう。遺跡表層に住む魚人は、言葉は通じないけどおとなしい性質で、僕たちもモンスターとして狩ることはない。
時々物々交換で、冒険家が遺跡下層の砂漠で取った珍しい果物と、魚人が川で取った魚を交換することもある。僕も取引に同行したことがあるけど、大河のほとりに木の枝で家を建てて穏やかに生活していた。
「ここはお任せを」
スミレはそう言うと、鞘から刀を抜いた。すらりと伸びる刃には曇りがなく、鏡のように彼女の顔を映している。
彼女は一瞬目を細めると、鞘を捨てた。そして、構えることもなく、ただ静かに、流れるような動作で前に出た。
「私の月影胴切が冴え渡ります」
彼女は静かにつぶやく。そして、次の瞬間にはもう、一匹の魚人の上半身と下半身が離れていた。
「……すごい」
その剣は、とてもじゃないけど素人目では追えないほど速かった。
もう一匹の魚人が大きく飛びのくと、ぼろぼろの銛を投げつけた。かわいそうに。僕が表層で見た魚人は、みんな銛を大事そうに手入れしていた。でもこの魚人は、遺跡で複眼に寄生されてしまったんだろう。僕はとっさに前に出て銛を盾で受け止める。強烈な衝撃に手がしびれるけど耐える。味方を守るこの瞬間こそ、ナイトの本望だ。
「御見事」
スミレがささやき、再び構えもしないでふらりと前に出る。一歩踏み出しただけなのに、距離が一瞬で詰められて魚人の前にいた。そして静かに、スミレは手にした刀を魚人の胸に突き刺した。がくり、と魚人が倒れる。刀を抜くと、一筋の血しぶきが宙を舞った。
「セシル、無事ですか?」
「う、うん、とりあえず平気だよ」
僕は少しびくつきながら答えた。複眼と違って人間に近い姿の魚人だけど、それを顔色一つ変えずにスミレは倒して――いや、殺している。この子なら多分、人間の首くらい素手でねじ切るんじゃないだろうか。スミレは魚人の首をはねると、鞘を拾って刀を納める。合掌して瞑目しているのを見ると、一応悼む気持ちは持ち合わせているみたいだ。
それから、ゆっくりと振り返ってほほ笑みかけてくれた。
「お怪我はありませんか? 私は大丈夫です。この程度ではかすり傷一つ負いません」
「そ、そうなんだ。よかった」
僕もようやく笑顔を作ることができた。戦闘になるとどうしても緊張してしまうし、痛みや苦しみには怯えてしまう。つくづく、自分が見習いだと痛感してしまった。
「ところで、先ほどの防御はお見事でした。私はもののふ故盾を持ちませんが、あなたが守ってくれると安心できます」
「あ、ありがとう……」
なんだか照れる。恐らくスミレほどの技量なら、あの銛くらい簡単に避けられただろう。それでも、僕のつたない防御を評価してくれるのは嬉しかった。パーティを組む醍醐味はこういう瞬間だろうな、と思う。
◆◆◆◆