第6話:セシルは勇敢ですね。良き男子です
あらすじ:セシルとスミレは試験中に隠し通路を見つけた。相談の末、その先の探索を行うこととなる。
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「ああ、こりゃ間違いなく隠し通路だな」
「そうみたいね、よく見つけたわ」
「ただの偶然ですよ、たまたま見つけただけです」
僕とスミレが挑戦した階層は、草木の少ない山地だった。赤茶けた風景が広がっていて、大岩があちこちから突き出した山が主な調査の箇所だ。僕とスミレはそこで、情報にないどこかへと通じる通路を見つけていた。
遺跡は明らかに異界だ。普通ならばこういう大自然に挑む時は、それ相応の装備を調えるはずだ。でも僕は鎧にメイス、大盾。一方スミレは華やかな東洋の着物に刀。食料品や道具とかは、ポケットに収まるくらいの大きさの「公器」という小箱の中に収まっている。遺跡でしか使えないこの箱は、誰もが出し入れできる空間につながっているらしい。
僕たちはこの遺跡に、まるで物語の登場人物のような雰囲気で挑んでいる。それが遺跡の課したルールだ。道化の神が戯れに創った異界、というのはあながち間違いではないらしい。それはともかく、僕とスミレによるこの階層の調査がだいたい終わった頃のことだ。僕たちは地図にない道を見つけた。正確には、山のふもとに空いた洞窟だ。
僕はローガンさんとイザベラさんとアンナを呼んで、全員で隠し通路の入り口から中をのぞき込んでいる。
「誰かがわざと作った道みたいですね」
僕は一番前で身を乗り出すけど、中は暗くてよく見えない。
「遺跡ってそういうもんだぞ。道化の神が創った遺跡だって言うだろ?」
顎の無精ひげを抜きながらローガンさんも僕の隣に立つ。
「不自然な場所なのは事実よね。学院がどれだけ観測してもここがどこなのか分からないみたいだし。ここは現実と違う幻想の世界という説もあるわ」
イザベラさんが、手元の触媒から光を発生させて洞窟の中に放つ。
「私、学院のみんなと別の階層に行った時、『奇人』を見ました」
アンナも会話に加わった。
「あれ、遺跡を管理しているんですよね」
奇人とは、たまに遺跡で見かける金属製の不格好な人形だ。蒸気を噴きながら集団で忙しそうにしている。会話も交渉も出来ないけど、こちらの邪魔もしない変な一団だ。僕は思う。まるでこの遺跡は、複眼という恐ろしい生物を閉じ込めておく虫籠みたいだと。
「まあとにかく、遺跡がなぜ出来たかなんてことは学者に任せておけ」
ローガンさんが大きなごつごつした手で僕の肩を叩く。
「もちろん行くだろ?」
すかさずイザベラさんが口を挟んだ。
「私は反対。試験はこの一層の調査だけよ。それ以上は必要ないわ」
「でも、隠し通路の先の調査は評価が一気に上がるぞ。いいチャンスじゃねえか」
二人の意見が真っ二つに割れている横で、アンナが僕に尋ねる。
「お兄ちゃん、治療薬はどれくらい持ってる?」
「ええと……これくらい」
僕は公器の中に手を入れて中身を見せた。試験中は基本的に外部から道具や薬品の補給は出来ない。
「少ないけど、戦闘を極力しないで行けるところまで行ってこい。冒険家ってのはそういうもんだぞ」
ローガンさんが気安く言うけど、イザベラさんは眉を寄せる。
「スミレ――あなたはどう思う?」
イザベラさんが後ろを振り返る。そこには、今まで会話に加わらず刀の手入れをしていたスミレがいる。
「私ですか?」
スミレは首を傾げた。この子、本当に普段は花瓶の中の花みたいにお淑やかだ。もちろん刀を抜いても、奇声を上げたり暴れたりはしない。――静かなままモンスターを皆殺しにするんだけど。
「この先は危険よ。それでも挑んでみる?」
イザベラさんが念を押すと、スミレは刀を静かに鞘に収めた。
「剣の腕がなまらないための一番の方法。それは――」
「毎日のお稽古かな?」
アンナがスミレの顔をのぞき込む。にっこりとスミレはほほ笑んだ。
「はい。それももちろんですが――なによりも、死闘です」
うわ出た。戦闘民族特有の理論だ。
「強敵が待つのならば、危難こそが私の望むところ。もちろん、セシルが賛同するならば、ですが」
あ、そこで僕を立ててくれるんだ。ちょっと嬉しい。
「分かった。一緒に行こう、スミレ」
僕がうなずくと、スミレは満足げな顔をする。
「セシルは勇敢ですね。良き男子です」
いや、もし僕が二の足を踏んだら、絶対スミレに侮られるからなんだけど。
別に「虎穴を前にして虎児を求めないとは、何という意気地なしでしょうか」とスミレが言い出すならまだいい。いや、よくないけど。最悪なのは「それでも冒険家か、この臆病者。手討ちに致す」とか何とか言い出しかねないことだ。スミレに刀を抜かれたら一巻の終わりだ。今のところスミレが人に刃を向けたことはないけど、怒ったらどうなるか。
「何かあったらすぐに帰ってきなさい」
「はい。退くことも最近ようやく覚えました」
イザベラさんに怖いことを言うスミレ。この子本当に退却を知らないサムライだからなあ。防具だってろくに身につけない。盾なんてもってのほかだ。「死中に活を求める境地こそが、武士の本懐ですから」と本人は言っていたけれど、僕は絶対に真似したくない。
「頼むぜセシル。お前の盾でスミレを守ってやれよ」
「もちろんです。ナイトの誓いを僕は忘れてません」
ナイトの誓い。それは「その身は人を守る盾となり、その心は人を照らす灯火となる」。要するに、誰かを守ることが自分の存在理由なのだと自覚することだ。僕たちナイトはみんなそれを胸に刻んでいる。
「ふふ、少しは頼もしくなったわね」
最初は乗る気じゃなかったイザベラさんも、ようやくちょっとだけ頬を緩めてくれた。
「お兄ちゃん、がんばってね!」
「ああ。行ってくるよ」
妹のアンナに見送られながら、僕たち二人は通路の奥へと進むことになった。僕はランプの触媒を反応させて光源を作り出す。
「スミレは僕の後ろに。僕が先導するから」
「はい。後ろはお任せあれ」
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