第5話:私、今『映えて』いるでしょうか?
あらすじ:セシルたちは依頼でオオカミハリアリというモンスターを狩る。スミレはモンスターの首を積み上げて「映える」と感じたらしく、うっとりとしていた。
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遺跡の生物は、体内に「原盤」という器官を有している。これはタグのようなもので、権能の媒体であると同時にその生物の情報が刻まれている。これを解析することで、遺跡周辺の町は沢山の恩恵を受けてきた。王国の技術の大半は、この原盤を由来にしているという話もある。特にこの原盤を欲しがっているのは、遺跡の研究をしている学院だ。
ギルドに行って依頼の一覧を見れば、必ず学院から原盤の採集の依頼がある。僕たち冒険家は遺跡の探索が目的だけど、何かと入り用なのは否定できない。探索にはお金がかかる。だから、依頼をこなして収入を得る必要だってある。僕たちストームキャットも例外ではない。今日の依頼は、複眼であるオオカミハリアリの原盤の採集だった。
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「首が五つ、六つ、七つ、八つ、九つ――――ふふっ」
オオカミハリアリは、遺跡の表層に生息する複眼の中でもかなり凶悪な部類に入る。小規模の群れで行動し、年長のメスがそのリーダーだ。アリと名付けられているけど、地上のアリのような大きな巣は作らない。あくまでも種族は複眼であり、アリにやや似ているからそう呼ばれているだけだ。
鎧だって切り裂く発達した大顎が武器で、しかも高速で動き回るだけでなく跳びはねて三次元的な動きで冒険家を翻弄する。おまけに毒針まで持っているという凶悪さだ。熟練の冒険家も、この複眼を相手に油断はしない。でも……
「これで今回の依頼は達成ですね」
スミレの前に積み上げられているのは、そのオオカミハリアリの生首だった。
どれも触角を根元から切り落とされている。
「あ、ああ……そうだな」
「よくやったわ、スミレ……」
歯切れの悪い口調でスミレを誉めるローガンさんとイザベラさん。一方、スミレはにこにこと笑っている。
「はい。アンナ、ありがとうございました。あなたのおかげで先手を打つことが出来ましたよ」
「え? あ、うん」
当惑するアンナをよそに、スミレはうっとりした顔でアリの首の山を見つめて呟く。
「首を埋めた首塚ならぬ首で作った首塚――一度やってみたかったんです」
何それ怖い。スミレはオオカミハリアリの巣穴を見つけると、アンナに火の触媒を使ってもらい、大量の白煙でアリをいぶり出したのだった。ハチの巣の駆除と同じだけど、サイズが違う。
人間サイズの複眼が怒り狂って飛び出してくるのを、スミレは一体ずつ正確に触角を切り落として混乱させる。包囲されないように巣穴の入り口を戦場に選んだのは、スミレの作戦だったんだろう。後は撫で斬りだ。僕とローガンさんは弱ったアリをメイスで叩いて甲殻を砕き、剣でとどめを刺した。アンナとイザベラさんは原盤を取り出す係だ。
「そういえば、イザベラさん」
自分の戦果に酔っていたスミレが、ゆっくりとイザベラさんの方を振り返って見る。
「え? な、何かしら?」
ローガンさんとコンビを組んで結構長い(でも二人の仲は一向に進展しない)ベテランの冒険家のイザベラさんが、上擦った声で言う。
「世間一般では、婦女子の間で『映える』という言葉があるそうですね?」
いきなりスミレは妙なことを言い出した。映える。確かに聞いたことがある。一般的には引き立つとかそういう意味だけど、女の子たちの間では「話題になる」とか「高評価をもらえる」という意味にもなっている。
「あ、ああ、あるわね。そういう言い方」
イザベラさんが同意すると、スミレはにっこりと笑った。
その手には、複眼の体液がべったりとこびりついた刀。綺麗な着物のあちこちには同じく複眼の返り血ならぬ返り体液。背景は遺跡の密林で、ひときわ目立つのは無念そうに積み上げられたアリの生首たち。その前で、まるで名前の通り花のようにスミレは艶やかに笑う。華やかで、それでいて無惨で、胸がドキドキするような構図だった。
「――私、今『映えて』いるでしょうか?」
……何この戦闘民族。残酷で血生臭い戦場が、スミレにとっては学友とお菓子を食べながら恋愛の話に花が咲く青春の一コマと同じなんだろうか。
「写真機がここにあれば、兄上と姉上に息災であることをお伝えできるのですが……」
スミレの残念そうな顔を見ながら、僕は完全に退いていた。
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そんな感じで、僕たちのパーティであるストームキャットはスミレというナチュラルボーンバーサーカーを加え、環境破壊さながらの方法で依頼をこなしていった。スミレの刀が振るわれた後に残るのは、首のない複眼の死体ばかりだ。一応僕はスミレの先輩ということになっているけど、戦闘力という点では月とスッポンもいいところだ。
僕に出来るのは申し訳程度のパーティの防御。アンナの触媒の反応や、イザベラさんの解毒や治療の際に邪魔が入らないようにすることくらいしかない。ローガンさんはベテランだし、スミレに至っては単身で密林ダコの巣穴に斬り込んでいき、全身を返り血で染めて平然と帰ってくるレベルだ。彼女の着る特製の着物は、洗えばすぐに血が落ちる。
だんだんと僕のナイトとしてのアイデンティティが揺らぎ始めた時、僕とスミレはローガンさんの計らいで昇格試験に挑戦することになった。試験の内容は、表層の一階層の徹底した調査だ。少しほっとしたのは事実だ。戦うという一点ではスミレに及ばなくても、冒険家の先輩として少しは僕も役に立てそうだった。
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