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第3話:サムライ……ですよね

あらすじ:回想。セシルは遺跡と呼ばれるダンジョンで一人のサムライの少女と出会う。彼女はその階層のボスをたった一人で斬殺していた。



◆◆◆◆



 神話の時代。天上のトリックスターである道化の神が、こっそりと創造神が用いた創世の道具を盗み出し、自分の宮殿を作ろうとした。しかしすぐに飽きてしまい、戯れに作られたそれは地上に投げ捨てられる。これが今も地上のあちこちにある「遺跡」の始まりとされる。多くの冒険家たちがここに挑戦し、名誉と財宝と力を得ようと集まっていた。


 だが、遺跡はただの大自然ではない。それ自体が異界であるのみならず、「複眼」と名付けられた巨大な節足動物が生息していた。万物の元素を操るこの生物は、探索の最大の障害となって冒険家の前に立ちはだかる。これはそんな冒険家の一人、見習いナイトの少年であるセシルと、東の国から来た剣客の少女(と書いて戦闘狂と読む)スミレの物語だ。



◆◆◆◆



 遺跡の表層「陽光の大樹海」。深層に下るに従って環境さえ変化する遺跡だけど、表層はまだ普通の森林といった感じだ。でも、かつてここを創った道化の神は、神話や伝説のようなギミックをあちこちに仕込んでいたらしい。その一つが「領主」という存在だ。領主はその階層をテリトリーとする強力なモンスターであり、大抵が複眼だ。


 一つの階層を完全に踏破するには、そこに居座る領主を倒す必要がある。そのルールは個々のパーティに強制されているらしい。思えば、僕たちや複眼が使う「権能」は他者や物質や環境に自分のルールを押しつける超常現象だ。それと同じことを領主が行っているんだろう。自分を倒した者たちにのみ、次の階層への道が開くようなルールが。


「おいセシル、現実逃避はやめとけ」

「あ、はい。すみません」


 僕ははっとして盾とメイスを構え直す。遺跡に挑むのにこういう正装をするのも、ここに適応されているルールの一つらしい。隣にいたレンジャーのローガンさんが呆れた顔をする。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 ひょこっとローガンさんの横から僕の妹のアンナが顔を出した。


 僕はセシル。クラスはナイトだ。見ての通り盾と鎧でパーティの防壁となるのが役割だ。アンナはサイエンティスト。触媒を用いて自然界の元素を反応させ、後方からの支援を担当している。


「ああ、大丈夫だよ。ちょっと集中力が途切れただけだから」

「まあ、あんなもの見せられればあっけにとられるのも無理ないよな」


 ローガンさんも無精ひげが伸びた顎を撫でながらそう言う。


「私たち、援護しなくていいのかしら?」


 僕の少し後ろで、長い金髪が目立つドクターのイザベラさんが遠くを見る。長身で綺麗な金髪と相まって、貴族みたいにイザベラさんの容貌は整っている。アンナは僕と同じ赤毛だから、何度もイザベラさんを羨ましがっていた。


 あいにく僕もアンナもごく普通の顔立ちだ。兄も妹もさえない赤毛。どっちも小柄で顔にはそばかす。まあ、何というか人がいいだけが取り柄の田舎者って感じの外見だ。実際王国の端っこの田舎が出身だし。二人で故郷を出てこの「楔石の町」まで来て、僕は騎士団にどうにか入り、アンナは学院から補助金をもらいサイエンティストとして勉強中だ。


 ――そんなことより。ローガンさんをリーダーとする僕たちのパーティ、「ストームキャット」の全員がブッシュから見つめる先。そこはまさに現在進行形で戦場と化していた。凄まじい絶叫と共に、二足歩行の恐竜が地響きを立てて突進する。その頭部には、体の半分を肉に埋もれさせた複眼が一匹取り付いていた。完全に寄生して操っている。


「ありゃどう見ても――」

「――『密林の捕食者』だよね。学院の図書室にあった図鑑で見たよ」


 ローガンさんの言葉をアンナが続ける。


「そして寄生しているのはウロコヤドリ。爬虫類を専門で宿主にする複眼よ」


 イザベラさんも恐竜の動きを目で追いながら分析する。


「……で、俺が一番知りたいのは、そんなのと単身渡り合っているあの嬢ちゃんだ」

「サムライ……ですよね。僕、戦っているのを見るのは初めてです」


 そうなのだ。先程から、密林の捕食者とそれに寄生するウロコヤドリと戦っている冒険家が一人いる。冒険家かどうかは分からないけど、遺跡にわざわざいるんだからきっとギルドに登録した冒険家なんだろう。単身で複眼を相手に戦っている。しかも相手はこの階層の領主なのだ。


 気配を消して敵を屠るアサシンや、信仰に篤いビショップじゃない。東の国の着物を着た、可憐な女の子だ。年は多分僕と同じくらいだろう。長い黒髪を後ろで綺麗に編んで束ねている。色白で清楚な、まるでお姫様みたいな容貌だ。手に持っているのは、わん曲した刀身が特徴的な刀だ。それを武器に、女の子はこの階層の領主と渡り合っている。


 そう、信じられないけど、女の子はたった一人で領主に挑んでいた。密林の捕食者がまた吠えた。離れていたここでも鼓膜がおかしくなるような咆哮だ。女の子を噛み殺そうと顎を開いて襲いかかる。辺りに唾液が飛び散った。けれども女の子は全く恐れる様子もなく、振り回される顎からほんのわずかだけ逸れてその攻撃をことごとく躱していく。


「……なにあれ。信じられない」


 イザベラさんが完全に呆れた声で言う。ちょっと足がもつれただけで頭から胴体まで丸かじりされるのに、女の子は少しも恐がっていない。双眼鏡を覗く僕の目には、女の子が目を伏せているようにさえ見えるんだけど。えぇ……? 絶対におかしい。ひときわ大きく密林の捕食者が顎を振り上げた。


 ――その瞬間だった。女の子が両手で刀を持ったのと同時に、密林の捕食者の首筋から血がほとばしった。喉笛がざっくりと斬られている。


「えぇ?」

「はぁ?」


 僕とローガンさんの声が同時に出た。女の子が刀を両手で持ったのは見えた。でも、次の瞬間刀が逆袈裟に振り上げられている。その間が速すぎて見えない。時間が消し飛んだみたいだ。


 噴水のようにまき散らされる鮮血を全身に浴びて、女の子が一瞬薄く笑った気がした。怖い。もう一度刀が見えない速度で振られるのと同時に、今度こそ密林の捕食者の胴体と頭が泣き別れした。勢いをつけて巨大な頭部が地面に転がり、首無しの胴体だけがあらぬ方向に走っていってから、派手につんのめって巨木に激突した。


 僕たちは完全に絶句していた。いくら何でも血生臭すぎる。身勝手な話だけど、複眼は蟲だから倒してもあんまりグロテスクにはならない。でも、密林の捕食者はなまじ血が赤いから、無惨としか言いようのない光景になっている。女の子はさっさと恐竜の生首に近寄ると、宿主から離れて逃げようとするウロコヤドリを刀で突き刺して絶命させた。



◆◆◆◆




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