第2話:御覧あれ
あらすじ:スミレは宣言通り一撃で盾を両断した。その際の気合の入りすぎた絶叫は明らかに女の子が出していい声ではなかった。
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「あっははははっ! おい嬢ちゃん、お前も酔ってるのか!?」
「そんな細い腕と細い刃物の組み合わせで俺の盾を斬るだって!?」
でも、二人組の冒険家は爆笑した。ただでさえ飲み過ぎて気が大きくなっているんだ。スミレが意地を張っているように見えて、おかしくてしょうがないんだろう。
「刀は腕の力だけで振るうものではありません」
あざ笑われても、スミレは眉一つ動かさずに二人から離れ、長方形の盾に近づく。
「セシル、お手伝いいただけますか?」
「あ、うん。分かったよ」
僕はスミレにそう言われて気を取り直した。僕とスミレは二人で盾を持ち上げて、食堂の通路の広いところに置いた。後ろに空箱を置いて固定する。二人組はにやにや笑いながら見ている。
「刀剣は全身で運用するもの。地を踏みしめる足からの反発。己自身の体重。そして気脈を流れる気魄。全てを束ねて一刀とする故に、我らもののふの刀は必殺となり得ます」
ほかのテーブルやカウンターにいた冒険家はもちろんのこと、給仕の女の子や厨房の料理人まで、スミレを見ている。その中でスミレは淡々と東の国の剣の原理を説明する。
「御爺様の流派については、私はわずかに学んだだけです。秘奥になど程遠い身。しかし――」
僕が盾から離れるのを確認してから、スミレは刀を振り上げる。一度も見たことのない姿勢だ。大上段どころじゃない。切っ先が天井を向いている。
「御覧あれ。心・技・体。瞬息、弾指、刹那。その全てを置き去りにし凌駕する――『斬る』意志の体現を」
すっ、とスミレが息を吸い込む。明らかに普段の構えと違う。普段のスミレは片手に無造作に刀をぶら下げるような、構えとも言えない構えがほとんどだ。あれが、スミレのお爺さんの流派が得意とする構えなんだろう。敵を視界にとらえて、一撃で叩き斬る意志が満々の構えだ。そして……
「きぇぁぁああああああ――――っ!!」
振った。絶対に女の子が出していい声じゃなかった。獣の叫びに近い。いや、獣そのものだった。ほとんど跳ぶかのようにスミレは盾に打ちかかり、刀を猛然と振り下ろした。激しく地面を踏みつけた足の震動が、食堂の石畳を震わせる。もっとも、僕はスミレの刀の動きはまったく見えなかった。動作の始まりと終わりが辛うじて見えただけだ。
凄まじい絶叫が響き渡るのと同時に、分厚い金属製の盾は一刀両断にされていた。スミレの刀は盾を真っ二つにするのみならず、石畳を深々と斬り、ほとんど鍔元まで埋まってようやく止まっていた。背筋が寒くなる。もし仮にスミレと対峙した場合、今の一撃で頭から股間まで両断されているに違いない。絶対に防げないしかわせない。
椅子がひっくり返る音がした。間近でスミレの刀を見、スミレの絶叫を聞かされた二人組が椅子から転げ落ちて腰を抜かしていた。スミレはゆっくりと刀を石畳から抜く。二つに割られた盾を一顧だにせず、スミレは自分の刀をはばきから切っ先まで確認している。僕の見た感じでは、刀は欠けたり曲がったりしていなかった。
怖すぎる。何あの一撃。刀が名刀だから斬れたんじゃない。スミレなら厨房の包丁でも同じことができるに違いない。
「弱く、浅く、何よりも遅い。御爺様の技量には程遠いです。やはり、私には御爺様の流派は不向きのようですね、セシル」
何事もなかったかのように、刀を鞘に収めてスミレは僕にほほ笑んだ。
「あ、そう。そうみたい……だね?」
僕は曖昧に答えるしかなかった。少なくとも、普段の流水のような足運びと、疾風のような自由自在の刀の扱いの方がスミレらしくはある。今の全身全霊で打ちかかるのはあまりにも豪放だ。――本音を言うなら、女の子のスミレにあんな獣のような絶叫はちょっとしてほしくない。あまりにも怖いし無骨すぎる。
「御爺様でしたらこの程度の盾、刀を振らずに圧し斬ってしまうでしょう。我が身はまだ未熟です」
またそういう怖いことを言うよ、スミレは。
「いずれにせよ、これで私が細腕でないこと、認めて下さいましたよね?」
スミレが二人組を見ると、二人は腰を抜かしたまま寄り添ってがくがくとうなずいた。
「あ、はい……」
「も、もちろんです……」
まるでネコににらまれたネズミだ。でも、それを笑う人は食堂には誰一人いなかった。生身のみで盾を両断するという離れ技を見た食堂の全員が、ぼう然として言葉を失っていたからだ。
「それはよかったです」
そして、スミレもまた二人を冷笑することはなかった。
「食卓に戻りましょう、セシル」
そう言って背を向けたスミレだったが……
「そ、その……」
二人組の片方が声をかけた。多分盾の持ち主の方だ。
「はい、何か?」
そちらを目だけで見たスミレに、彼はばつの悪そうな顔で頭をかいた。
「馬鹿にした詫びだ。おごらせてくれ」
突然の申し出に、スミレは嬉しそうに着物の袖をひるがえす。
「まあ、ありがとうございます。セシルの分もよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも」
もう一人の方もそう言いながら立ち上がる。酔いが覚めたらそんなに悪い人じゃなさそうで、僕はほっとした。
「嬉しいですね、セシル?」
笑顔のスミレに、僕は愛想笑いをするしかなかった。
――僕が所属するパーティのアタッカー、スミレは万事こんな調子だ。でもまずは、僕と彼女の出会いについて話してみようと思う。
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