第八話
十二月三日。
札幌の繁華街である、すすきの。その端にある、MOON HALL。
午後五時。開場時間。冬場のこの時間になると、外はもう暗い。
前売りチケットを手に入れることができるのは、美月達の知人のみ。それ以外は、当日券を購入してライブを見ることになる。
チケット売り場には、長い列ができていた。昨年のライブイベントで、美月達は、すっかり名前を知られていた。もっとも、コアな音楽ファンにだけだが。
アマチュアである以上、一般層にはまだ知られていない。
それでも、チケットはあっという間に完売になった。
ライブ開始は午後六時。
舞台裏で、美月達はライブの準備をしていた。疲れない程度のリハーサル。必要な小道具の確認。
暖房が効いていて、暖かい会場。美月は、ショートパンツにTシャツという格好だった。思い切り歌ったら、体が熱くなってくる。それなら、これくらいの格好が丁度いい。
ショートパンツのポケットから、スマートフォンを取り出した。バイブ機能も停止させている。でも、無音にはしていない。保存した動画などの音声は出る状態になっている。
明人から、チャットのメッセージが届いていた。
『頑張れよ。楽しみにしてる』
美月の頬が緩んだ。
明人には、最前列ど真ん中のチケットを渡した。一階席は立ち見だが、チケットの種類によってライブを見ることができる区画が違う。一番いい場所で、一番高いチケット。
『見に来てくれるなら、タダでいいよ』
美月の言葉に対し、明人は反論していた。
『自分達の価値を軽くするなよ。お前の歌は、金を払う価値がある。それどころか、このチケット代じゃ安過ぎるくらいだ。だから、せめて正規のチケット代くらいは受け取れ』
美月は、明人にメッセージを返した。
『見てて。楽しませるし、興奮させるし、状況によっては笑わせるから』
スマートフォンの画面を閉じ、ポケットに入れた。左右の前ポケットの、左側。右側のポケットには、ちょっとしたメモが入っている。
午後五時五十五分。
「じゃあ、行こうか」
優里亜の言葉に、美月も愛奈も頷いた。
舞台裏から、客の待つ舞台へ。
急激に視界が明るくなった。目を細めてしまうほどに。眩しいくらいの、ライトの光。中央にあるマイク。その傍らに、三十×三十センチほどの箱。舞台の奥には、アンプに繋がれたギターとベース。
客が大勢いた。満員だ。一階も、二階席も。
舞台のライトの下に来ると、暑かった。ライトの熱の暑さ――だけではない。集まった客の視線。高鳴る心臓の音。これから始まる、自分達だけのライブ。全てが心地よく、全てが熱い。
美月はマイクを手に取った。マイクスタンドから外す。マイクスタンドから外して、思い切りマイクを握って歌う。思い切り、腹から声を出す。そんなスタイルが好きだった。
午後六時。
開始の時間。
前奏のように、愛奈がギターでアドリブを入れた。
客から歓声が上がってきた。
舞台のすぐ前。一階最前列の、中央部。
明人がいた。彼も、他の客と一緒になって声を上げている。
美月の唇が、大きく笑みの形になった。
待ちに待った舞台。目標だった場所。今、そこにいる。
支えてくれて、助けてくれた人が、客席の最前列にいる。この舞台を、一番見せたかった人。
マイクを口に近付けた。
「ようこそ! MOON HALLへ!」
歓声。ライブハウスを揺らすほどの、歓声。
「このクソ寒い中、ありがとうございます!」
客の声を感じる。ピリピリと、肌で感じる。
「それじゃあ、早速、一曲目!」
歓声の中で、愛奈と優里亜にアイコンタクトを送った。二人が、小さく頷いた。
最初は愛奈の曲だ。攻撃的で、挑発的な曲。独特な優里亜のベースが、曲の下地をつくる。
攻撃的な愛奈のギターは、この曲にピッタリだ。
イントロの合間に、美月は思い切り声を出した。イガみを利かせて、これから始まる舞台を彩るように。
「are! you! lady!?」
おおおおおおおおおおお……っ!!
歓声がさらに大きくなった。
ライブハウス内の温度が、一気に二、三度上がった気がした。