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第四話


 アルバイトで貯める金額。目標は、三人合せて一〇〇万円。


 その額が、ようやく貯まった。愛奈が三十三万四千円。優里亜が三十二万九千円。美月が、三十五万ちょうど。


 高校二年の秋。


 単独ライブは、十二月初旬くらいに行えたら。そんな目標を立てた。


 だが、問題もあった。


 未成年の自分達が、どうやって会場を押さえるか。どうやって音響の業者を雇うか。どうやってチケット作成を行うか。どうやってチケット販売等の人員を集めるか。


 その役目は、美月が引き受けた。ツテがあるから大丈夫、と。


 親の七光りは使いたくない。でも、これくらいなら。美月は、父の秘書に相談した。ライブ費用の概算を出してくれた秘書。彼は、仕事の一環として依頼を引き受けてくれた。


 秘書は、十二月三日にMOON HALLを押さえてくれた。入場開始は午後五時。ライブ開始は午後六時。そこから、二時間のライブ。


 チケットの作成、印刷。当日の会場内業務の人員。ライブ前後の清掃。会場の使用料。全て合せた費用は、約一〇五万円。


 少し足が出てしまったが、その分は、美月が出すと伝えた。チケットの売り上げの取り分から払う、と。


 目標が現実となってきた。気持ちが盛り上がるのを感じた。愛奈や優里亜も、同じような様子だった。金銭的理由から、週一回しか音合わせができない。それが、ひどくもどかしい。


 ライブのセットリストも完成した。全十曲。それぞれが十曲ずつ作り、その中から厳選した。愛奈の曲が四曲。美月と優里亜の曲が三曲ずつ。


 音合わせの日以外は、各自が時間を惜しんで練習した。歌詞や曲を頭に叩き込んだ。


 けれど、覚えるだけでは足りない。


 客は、生演奏を聴きに来るのだ。正確に覚えただけの演奏なんて、機械でもできる。そこに、生であることのプラスアルファを加えたかった。あえて音を外してより重厚な表現をする。身振り手振りを加えて演出する。細部まで試行錯誤し、何度も何度も、色んな事を試した。


 そんな日々が、楽しかった。


 たった三曲で終わってしまった、学校祭のイベント。たった三曲しか披露できなかった、去年のライブイベント。でも、今回は違う。厳選した十曲。大勢の中のひとつじゃない、自分達だけのライブ。


 十二月三日が楽しみで、早く来て欲しくて。でも、一日一日が惜しい。当日まで、少しでも上手くなりたい。当日まで、少しでもアップデートさせたい。今の自分の限界を、少しでも超えたい。


 時間がないはずなのに、楽しみで待ち遠しい。


 矛盾をはらむ心情。胸から湧き上がってくる感情。毎日が、楽しくて仕方がなかった。


 そんな日々を送っていたから、突然訪れた出来事に、美月の心は乱された。


 十月十二日のアルバイト後。午後八時。


 父の会社を出て、美月は帰路についた。父の会社の雑務。言ってしまえば、簡単な作業を延々と任される雑用だ。当然休む暇などなく、この上なく忙しい。体は疲れ切っている。しかし、気持ちは折れていなかった。


 早く帰って、今日も練習したい。


 最寄り駅の地下鉄を降りた。自宅までは、徒歩で約五分。一軒家が建ち並ぶ住宅街。


 美月の家は、決して豪邸ではない。周囲の家々よりやや立派だが、両親の経済状況から考えると、慎ましい一軒家。


 そんな美月の自宅前に、人だかりができていた。玄関前に、大勢の人々。二、三十人はいるだろうか。カメラを持った人も何人かいる。明かにマスコミ関係者だった。


 昔と違い、現代はセキュリティに関する規定が厳しい。たとえ有名人といえど、防犯上、自宅の外観を公開することなど許されない。だから、美月の自宅の写真が公開されたことは、一度もない。


 それなのに、こんなにも人が集まっている。カメラを持った人までいる。


 人だかりの理由に、美月は心当たりがあった。というより、マスコミが集まる理由が、ひとつしか思い浮かばなかった。


 夜の闇に紛れて、美月は、家の裏口に回り込んだ。鍵を開け、家の中に入り込んだ。裏口から入る玄関は、ドア一枚を隔てて、この家のダイニングキッチンに通じている。


 ダイニングキッチンのドアを開けた。


 家の中は、暗かった。カーテンが閉められている。とはいえ、完全な闇ではない。常備灯の淡い光。遮光カーテンにより、この淡い光が外に漏れることはない。


 ダイニングキッチンを通り、美月はリビングに足を運んだ。


 リビングの端にある、49インチの4Kテレビ。中央部にある、大きなL字型ソファー。そのソファーの前には、硝子張りの座卓テーブル。


 ソファーの上に、常備灯に照らされた人影があった。膝を抱えて、顔を伏せている。美月の綺麗な容貌は、間違いなくこの人の遺伝だった。もう四十四だが、未だに美人女優として知られている。


「お母さん」


 声を掛けると、母は――真紀は、ピクンと肩を震わせた。北村真紀。芸名は、華村真美。彼女はゆっくりと顔を上げ、美月の方を向いた。常備灯の暗がりでも分かるほど、疲れた顔をしていた。


「外に、マスコミっぽい人達がたくさんいるけど。何があったの?」


 概ね予想はできていた。でも、あえて聞いた。

 

 真紀は無言で、近くにあったテレビのリモコンを手にした。スイッチを入れる。テレビを点ける。


 暗いリビングの中で、テレビの光は眩しいくらいだった。ニュース番組。画面の右下に、放送されているニュースの題名が出ている。


『華村真美と斉藤健太、不倫熱愛』


 母に恋人がいることを、美月は知っていた。恋人に夢中で、美月のことなんて眼中にない。仕事と恋人に夢中。家庭なんて見向きもしない。


 それでも、賢母のふりは上手かった。だから、マザー・オブ・ベストなんて賞を受賞していた。


 そんな女優の、不倫騒動。相手は、七歳も年下の俳優。


「……美月――」


 テレビを点けた真紀は、再び顔を伏せた。かすれた、今にも泣きそうな声で呟いた。


「――ごめん……」


 その謝罪も、演技の一環なのか。

 美月には、判断できなかった。


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