7-5.秘密基地の彼女
結局は、ふぅんと曖昧な返事をしておいた。彼女の期待はまだ割れていないが、とりあえずそれは放置しておくことにする。
その代わりに、
「また、ここに来てもいい?」
と投げかけた。
ここに来れば原先生から隠れられるし、安心してスマホを弄ったり音楽を聴いたりできるので一石二鳥だ。隔離されたように静かな空間も気に入った。
何よりも、未完成の絵がこれからどうなっていくのか知りたいと思ったのだ。
翠の問いかけに彼女は少しだけ目を大きくして、
「……別に美術室はウチの物じゃないから」
そう言いながら頷いた。
安寧の地を手に入れたような、秘密基地を見つけたような気分になる。
「そういえば、名前を知らなかった。俺は尾方 翠。そっちは?」
「ウチは苑田 寧々」
彼女の名前を聞いて翠は首をひねった。その名前は記憶にない。そもそも彼女の顔を見たのも初めてだった。同級生に興味がないとは言っても、多少は何かしら覚えがあるはずなのだが。
「何組? 俺は三年三組だけど」
その言葉を聞くなり彼女の無表情は崩れ、途端に焦ったようにあたふたし始める。ついには持っていた絵筆まで落とし、筆の先に付いていた絵の具が間抜けな音を立てて床に飛び散った。
「…えっ、あ、えぇと……二年、五組です」
苑田 寧々は色々くっつけたり混ぜたりした絵の説明をしていた時とは異なり、尻すぼみするように喋った。今までタメ口で話していたことを気にするかのように、申し訳なさそうにしながらもこちらを警戒をしている様子である。
翠は再び首を傾げた。相手の学年を知らずにタメ口を使ってしまった、そんな些細なことで怒られるとでも思ったのだろうか。
床に付いてしまった絵の具を拭おうとして逆に汚れを伸ばしてしまう彼女は、キャンバスを睨みつけながら繊細な表現をしていた人物とは別人のようだ。
「別に敬語じゃなくていいよ」
翠がそう言うと、床の汚れを取ろうと奮闘していた苑田 寧々はパッと顔を上げる。
「それなら……。敬語はあんまり得意じゃないから、助かる」
ニコリともしないが、微かにほっとしたように見えた。
それから一週間、毎日のように昼休みは美術室に入り浸った。
授業の関係でいない日もあったが、概ね彼女はそこにいた。まぁ、会っても二言三言喋るだけで、会話らしい会話をするわけでもない。
今日の昼休みには、必ず翠よりも早く美術室に居る彼女に質問をしてみた。
「何でそんな早く来れるの? 昼飯、食べてねぇの?」
「チョコを食べた」
「それ、飯じゃねぇじゃん」
「ウチはチョコが食べたかったの」
こんな具合に話をして終了だ。それでもなんだか、昼休みの美術室は居心地が良かった。




