7-4.油絵の匂い
扉を閉めて一息吐くと、油と薄いシンナーを混ぜたような独特な匂いがして、逃げ込んだ先が美術室だったことに気が付いた。
電気も点けていない美術室に弱々しい陽光が差し込んで、中学校の昼休みとは思えない程に静かだった。
そんな美術室の真ん中にポツンと一人、大きなキャンバスと向き合っている生徒がいる。
「誰?」
その人物はそう言って翠を真っ直ぐに見据える。
太い眉にはっきりとした顔立ち。制服の上から絵の具で汚れたエプロンをつけていて、片手に絵筆を、もう片方の手にパレットを持っていた。その生徒がベリーショートだったこともあり、制服がスカートでなかったら少年と見間違えてしまうところだ。
冷えた風が教室に吹き込んで、独特な香りをさらっていく。
「もしかして、入部希望?」
無表情のままで彼女はそう言った。何を考えているのかは読み取れないが、凛とした目だと思った。
「違います」
翠の答えに、
「あ、そう」
残念がるわけでもなく、淡々とそれだけ言って彼女はキャンバスに再び向かい合う。先程翠に向けた無表情のまま、自分とキャンバス以外の存在なんて頭から消えてしまったかのように黙々と絵を描いている。
そんなに集中をして、彼女がどんな絵を描いているのかが気になった。
邪魔にならないよう、ゆっくりと近づく。彼女の集中力に感化されたのか、絵を覗くだけなのに変な緊張感があった。
大きなキャンバスに描かれたその未完成の絵を見て、息を呑んだ。
美しかった。
キャンバスの中央には油絵で描かれた御伽話に出てくるような古城があり、その下には滝が流れ、その奥には砂漠が広がっている。
その圧倒的な異世界感に気圧されながらも、
「何それ」
自然と声が出ていた。その言葉に驚いたように少し肩を動かして、彼女が振り向く。
「……私が行きたいところ、全部くっつけた」
思いもよらない返答に面食らう。
落ち着いて周りを見渡せば、いくつものキャンバスが置いてある。胸像や果実のデッサン画に交じって、ぽつりぽつりと不思議な絵が紛れていた。
例えば、ウサギの耳、リスの尻尾、アザラシのような体、キリンの柄を持つ得体の知れない動物の絵。キャンディやケーキ、チョコレート等のお菓子が円を描いてぐちゃぐちゃと溶け合っていくような絵。
翠の目線が他の絵に移ったのを見抜いてか、
「それは私が好きな動物の、一番可愛いところを集めてくっつけた絵。そっちは好きな食べ物が胃に入って混ざっていくところ」
手を止めたまま、変わらず淡々と彼女は説明をしてくれた。
――なんで全部くっつけたり混ぜたりしてしまうんだ。
そんな風に考える翠を、彼女は真っ黒な瞳で真っ直ぐに見つめている。
《わかって欲しい》
そんな期待をされたって、到底理解できる訳がなかった。




