7-4.油絵の匂い
数日後、中学校での昼休み。
翠は廊下に出て、窓から校庭を覗くような体勢でスマホを眺めていた。食べ物の匂いが籠もった教室は苦手なのである。
今日も一人でスマホを眺めていた。先日放送された海鈴さんの出ている番組を画面録画していたのだ。
何度も繰り返し観ては、会えない日の寂しさを紛らわしている。
画面越しの海鈴さんの笑顔に癒やされる反面、こんな顔を見せたら日本中の男性が彼女の虜になってしまうのではないか、そんな焦燥に駆られた。
海鈴さんはギフトのことで頭がいっぱいで、一人暮らしという目標の為に通帳にばかり目を向けている。そんな彼女に自分をアピールするには、同じ職場でゆっくりと時間をかけて距離を縮めていくことが有効的だと考えていた。
だが、こっちが今後のプランをしっかりと考えて大切に温めているにも関わらず、アイツはいともたやすく海鈴さんの隣に並ぶ。それに文化祭に遊びに行った時、海鈴さんは珍しくアイツのことを口にした。その小さな変化に心を掻き乱される。考えれば考える程に苛々する。
谷崎 光、アイツが嫌いだ。
――年齢差なんて、埋まるわけないじゃないか。
大きな溜息が出た。
自分の恋心は、面倒臭いと切り捨ててきた他の女子達からの期待とまるで同じものだ。もしかしたら、それよりも独占欲が強いかもしれない。
それでも、他人の期待より自分の想いの方が翠にとっては重要だ。
誰の期待を背負うのかは自分で選ぶ。
クラスメイトの期待は蔑ろにしても、親の期待を裏切るつもりはない。まぁ、アルバイトをすることで少しは失望させるかもしれないが。
ふいに目線をやると、廊下の奥の方から生徒達に交じって生徒指導担当の原先生の姿が小さくあるのが見えた。
翠の通う学校では、スマホの持ち込みは禁止されていない。授業中に弄ることは勿論禁止。バレたら即、没収だ。
ただし、そのルールはこの原先生には通用しない。
原先生は頭がガチガチに固く、学校に関係ないと見做された物は、授業中でなくてもまるでカツアゲをするかのように遠慮なく没収する。しかも一度ターゲットになってしまうと警察犬のように何度もしつこく追ってくる。
そして休み時間の度にヘッドフォンをしてスマホを弄り友人関係を作ろうとしない翠は、原先生のターゲットのうちの一人である。
「やべっ」
つい独り言が出てしまったが、そんなことを気にしている暇はない。翠は辺りを見回し、人がいなさそうな教室に飛び込んだ。




