6-7.緊急招集
ママと尾方 翠が言い争っている、正確には尾方 翠が言いがかりをつけていたその時、
「おはなし、まだおわらない……? りゅーちゃんとすいちゃん、けんかしてるの?」
ペンギンのぬいぐるみを両手で握りしめた詩織が、こちらの様子を伺うようにもじもじと立っていた。
「喧嘩じゃないよ〜っ!」
笠井さんはそう言うと、目を見張るような反射神経でガバッと詩織に飛び付き、そのままだっこをして、クルクルと回りながらこちらのテーブルまで連れてくる。詩織は遠心力の勢いでズレる眼鏡には目もくれず、キャーと声を上げて楽しそうに笑ってる。
そんな女子二人のやり取りが始まると、尾方 翠は小さな溜息を漏らした。そして力無く椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。鬱陶しい前髪がさらりと流れ、久しぶりにお目見えした彼の整った顔は興が削がれたというような、そんな表情をしていた。
俺としては尾方 翠の意識が逸れてホッとしたし、女子が仲睦まじく笑い合っている姿には癒された。これは口に出したらセクハラになりかねないし、今度はママに睨まれることになるので胸の内に秘めておく。
そんな和やかな雰囲気ではあったが、
「……しーちゃんにも大切な話があるのよ」
意を決したようにママが話を切り出した。詩織もそんなママの思いを汲み取ったのか、真面目な表情で頷く。
「今晩、この前占いの館で撮影したロケの放送があるわよね」
「うん、しおり、みすずちゃんがテレビに出るのずっとたのしみにしてたよ」
詩織のその返答に、ママは苦しそうに顔を歪める。
「……その番組で海鈴が占いをした芸能人のことよ。しーちゃんのギフトで見えてしまうであろう新堂 琉為という人の秘密は……とっても恐ろしいものなの」
ゆっくりと、言葉を選びながらママはそう言った。
「おそろしいもの……?」
普段とは違う様子のママを見て、詩織は明らかに動揺していた。ゴクリと唾を飲み込み、ペンギンを握る手にも力が入っている。笠井さんは目を伏せながらも、両手を詩織の肩の上に置いて支えるようにしていた。
「最近のしーちゃんは小学校に行けるようになって、お友達も出来た。周りの人達に恵まれたおかげだわ。それでもね、悪い人はやっぱりいるのよ。テレビを見たら……彼の秘密を知ったら、外に出るのがまた怖くなってしまうかもしれない。アタシはそれがとても心配なの。だから、その恐ろしい秘密について、しーちゃんに伝えるべきなのか悩んでいるわ」
苦しそうに笑うママを見て、詩織は息を呑んだ。ペンギンのぬいぐるみは詩織の両手に潰されて、可哀想なくらい変形している。
しばらくの沈黙の後、
「……しおり……やっぱりテレビ……見ない。みすずちゃん、ごめんなさい……」
詩織は俯きながら絞り出すように、蚊の鳴くような声でそう言った。
「そんなの、気にしないでいいの!」
笠井さんは間髪入れずにそう言って詩織の頬をぷにっと小突く。その仕草に詩織は強張った表情を少しだけ緩めたが、それでもすぐにまた真面目な顔に戻って、
「でも、しおり、ちゃんとしりたい……。こわくてテレビは見れないけど、しらないままなのもこわい……」
はっきりとそう言った。
その詩織の言葉にママは目を丸くする。ママだけではなく俺も、否、詩織以外のその場の全員が驚いた。少し前の詩織だったらこんな台詞は出てこないだろう。
ママは深く長く息を吐くと、
「……そうよね。何も知らないこともまた恐ろしいんだわ」
そう呟いた。ママは詩織の意志を尊重すると覚悟を決めたようだ。
「それじゃ教えるわね……。新堂 琉為の秘密は『人殺し』よ。もしもこれから先、ギフトで見えた秘密が恐ろしいと感じることがあったら、すぐに逃げること。いいわね」
ママから打ち明けられた秘密の内容に、今度は詩織が信じられないといったように驚いた顔をした。戸惑う詩織を見兼ねてか、尾方 翠がまた憎まれ口を叩く。
「人のことばっか心配してるけど、油断してるとオッサンだって殺されちまうかもしれないんだぜ。海鈴さんとコイツだけじゃなくて、オッサンのことだって向こうは知ってるんだから」
コイツと言いながら俺を指差す尾方 翠は、こんな嫌な言い方をしながらも彼なりに俺達を気にかけているのだと思った。不安そうな詩織にママはウインクをすると、
「あら、アタシはあんなヒョロヒョロには負けないわよ」
自慢の筋肉を見せつけるように、モストマスキュラーのポーズを取る。居住スペースに置いてあるダンベルも伊達ではなく、それはそれは素晴らしい筋肉だった。
「確かにママのその筋肉なら返り討ちに出来そうですね……」
俺のその言葉で詩織はふふっと吹き出し、釣られて笠井さんも笑い出した。尾方 翠だけはふくれっ面をしていた。
ここまで読んでくださりとても嬉しいです。ありがとうございます!
これで6章は完結です。まだ続きますので、引き続き7章もどうぞよろしくお願いします!




