6-6.ギムレットには早すぎる夜
「な、何の事だか……。それに、怖がってない、です。芸能人の新堂さんが、まさか僕なんかに会いに来るなんて、ビックリしただけです……」
なんとか誤魔化そうと顔を逸らそうとするが、新堂 琉為は俺の顔を覗くようにして目線を外すことを許さない。
「新堂さんなんて、他人行儀で嫌だなぁ。僕は光君ともっと仲良くなりたいのに。あぁそうだ、僕のことは琉為って呼んでよ」
とろけるような優しい声で、熱く見つめられながら真正面から囁かれる。もし俺が普通の女の子だったらトキメキMAXで恋が始まるシチュエーションなのだろうが、残念ながら相対してるのは殺人犯だ。胸キュンではなく、俺の体は恐怖で支配されている。
体が硬直し、指を数ミリ動かすことさえも出来ないと思った、その時。
「ねぇ、あれ新堂 琉為じゃないっ?」
「こんなところにルイルイがいるわけないってぇ」
「でもめっちゃ似てない?」
女の人の話し声。歓声にも近いような黄色い声がする方に目線をやると、三人組の女性が立ち止まって俺達のことを見ていた。彼女らも新堂 琉為のファンなのだろうか。
「……残念、タイムアップだ。外だとあんまりゆっくり話せないね」
新堂 琉為は突き放すように俺の肩からパッと手を離す。
「それじゃ、またね。光君」
そう言ってマスクを付けると、深くフードを被り直して渋谷の夜に消えて行った。俺は硬直したまま、新堂 琉為の姿が見えなくなるまで呆然とそこに立っていた。
「た、助かった……」
思わず声が出る。
俺の心臓はまだドッドッドッドッと音が煩く聞こえるくらいに強く動悸していたが、新堂 琉為が視界から消えて気が緩んだのか、立ち上がっていることが出来ずにその場に座り込んだ。それでやっと空気が吸えたように感じた。
大きく深呼吸をして自分の心臓の鼓動を整えていると、
「あのぉ、さっき話をしてたのって本物のルイルイですかぁ?」
先程の女性達が俺に近寄ってくる。期待が籠もった輝いた瞳をしていた。
「ち、違います!」
俺は咄嗟に否定し、全力でそこから逃げるようにWeirdosへ駆け戻った。
尾方 翠並に勢いよく閉店直前のWeirdosの扉を開けると、運良くもうお客様はおらずママが一人でカウンターの奥に座っていた。
「ヒカルちゃん!? どうしたのよ?」
お酒の入ったグラスを持ったまま、ママは飛び上がるように驚く。そんなママの姿を見て妙に安心をしてしまう。それなのに、そんなに長い距離を走ったわけでもないのに、何故か膝がガクガクと笑っていた。
「あいつが!! あいつが来たんだ! もう絶対会うこともないって、なのに、おっ、俺に、会いに来たって……!」
脅威がやって来たことを早く伝えなければと思うのに、頭が真っ白で思考がまとまらなくて、上手く喋れない。
「ヒカルちゃん、大丈夫よ。落ち着いて」
そう言って俺の背中をゆっくり擦るママの手の動きに合わせて呼吸を落ち着かせていると、自分の手が震えていることに気が付いた。




