6-6.ギムレットには早すぎる夜
「お次は何になさいますか?」
盛り上がっている二人の空気感を壊さないように慎重に。二人のグラスが空いたタイミングを見計らい、声を掛ける。
「そうだね、私はウイスキーのロックだな」
ご機嫌な松嶋さんの横で、若い男性はまたメニューとにらめっこを始める。
「俺あんまこーゆう場所来ないんで……。何が良いんですかね。あ、ギムレット? は聞いたことあります」
その台詞を聞いて、したり顔で松嶋さんは
「そうだなぁ、ギムレットには早すぎるかなぁ」
と言った。だが、言われた若い男性は首を傾げながら
「それ、どーゆう意味っすか?」
無常にも言い放つ。松嶋さんは拍子抜けしたようにガクンと体勢を崩した。
「まさか『長いお別れ』を知らないのか!」
「はぁ、知らないっす」
松嶋さんは少しの間唖然としたように口を開けていたが、首を傾げる若い男性の肩にポンと手を置いた。
「いや、いいんだ。ゆっくり楽しく飲もうや」
ゆるりと時間が過ぎていく。良い夜だと思った。
珍しく松嶋さんはお酒を五杯飲んで、いつもより足取り軽く店を後にした。また二人で来店してくれたら嬉しいと思う。
バイトが終わり、外に出た途端に冷たい空気に包まれて思わず身震いをした。大通りから随分離れたこの場所でも、微かににぎやかな人の声が聞こえてくる。
浮かれた気分のまま歩き出す俺の背後から、
「谷崎……光君?」
突然名前を呼ばれて振り返る。そこには闇に溶け込むような黒いパーカーをフードまで被った、マスク姿の男が立っていた。ひと目見ただけで誰なのか理解した。
「な……なんで……」
そう声を出すことで精一杯な俺を他所に、
「僕のこと、覚えててくれたんだ! 嬉しいなぁ」
弾むような声を上げて、ゆっくりとマスクを外す。
「な……んで、ここに……」
もう二度と会わないと思っていた人物。画面越しでしか見るはずのない人物。マスクを外した顔には、一面に咲き誇る今にも零れ落ちそうな花。街灯に照らされて彼の大きな目が一層輝いて見える。
「会いに来ちゃった!!」
新堂 琉為は屈託のない完璧な笑顔を見せた。
「俺に……ですか……?」
自分の心臓がバクバクと鼓動し苦しさすら感じる。どっと吹き出した汗を夜風が冷やして、最早寒気なのか寒いのかもわからずに混乱する。嫌でも目に飛びこんでくる“殺人”の文字。殺人犯と対峙しているという現実。
思わず後ずさりをすると、
「そうだよぉ」
新堂 琉為も距離を詰めるように、ぐいぐい近づいてくる。余りにもズケズケとパーソナルスペースに入り込んでくるので、逃げるように更に後ずさりをすると、唐突に背中に強く硬い衝撃を感じた。
「痛ッ」
俺は電信柱にぶつかっていた。
逃げ場がなくなったところで新堂 琉為が俺の肩を掴み、グッと顔を寄せてくる。
「谷崎 光君。君はいつも僕を見て怯えているね。それは何でだろう?」
至近距離に微笑みを湛えた整った顔。恋人がキスをする直前のような、そんな距離。顔一面に入墨のような花。“殺人”の文字から目が離せない。口ごもる俺を見ながら、
「君は僕の目ではなくて、この辺を見てるよね?」
新堂 琉為は自分自身の左頬をトントンと叩くように指さした。その仕草に、目線に、思わず頷いてしまいそうになる。
笑っているのに、刺すような鋭い眼光だと感じた。その目に見つめられると、自分の全てが見透かされてしまうような迫力があった。




