4-9.平手打ち
次の日、登校の時間。
校門をくぐったところで、後ろから足音が近づいてきた。
「みすずん〜! おはよう!」
そう言って今藤 紗綾が海鈴の肩を叩く。
元気に笑顔を見せているが、目元が赤く腫れている。一人夜に泣いたのだろうということが容易に想像できた。
「あーえっと、ちょっと夜更かし……しちゃって」
海鈴からの視線を誤魔化すように今藤 紗綾が言い訳をする。そして何かに気が付いたように呟いた。
「あ、三好先輩……」
今藤 紗綾の呟きに反応して目線をやると、その先に三好先輩の後ろ姿が見えた。無意識に声に出してしまったのだろう。口元を押さえて今藤紗綾は目を伏せる。そんな彼女を見た瞬間、海鈴は走り出していた。
「ちょっ、ちょっと、みすずん?」
後ろで今藤 紗綾の声が聞こえる。
「三好先輩!」
海鈴の呼びかけに振り返る三好先輩の顔に、勢いよく体重を乗せて
パンッッ!!
平手打ちをかまし、乾いた音が響いた。周りの生徒たちからの困惑とどよめく声。手が熱く、じんわり痛みが広がっていく。
「いってぇ……何すんだ……」
不意打ちを食らった三好先輩はふらついて、突然の出来事に苛立ちと戸惑いの表情を見せた。
「みすずん!? 何してるの!?」
後から走ってきた今藤 紗綾が悲鳴のような驚きの声を上げるが、それも無視して海鈴は叫ぶ。
「私の友達を泣かさないでよ! この二股野郎!! 最ッ低!!」
二股と言う言葉に三好先輩は目を見開き口ごもる。
「紗綾、行くよっ!」
海鈴は今藤 紗綾の腕を掴むと、頬を押さえる三好先輩と好奇心を向ける周囲の目を置いてきぼりに昇降口に早足で向かって行った。
海鈴を見てひそひそ話す声が聞こえてくるのはわかったが、そんな雑音には目もくれず教室の前まで来たところでピタリと足を止める。
「みすずん……?」
そこでガクッと海鈴は座り込んだ。腕を掴まれたままの今藤 紗綾も崩れ落ちるように座り込み、「ひゃあっ」と小さな声を上げた。
「怖かった……」
海鈴の手は震えていた。まさか自分があんな感情的な行動をするなんて思っていなかったのだ。
小さく震えている海鈴に、後ろからきゅっとしがみついた今藤 紗綾は、
「みすずん、初めて紗綾って名前で呼んでくれたね……」
泣きそうな声で笑った。
すっかり腰が抜けてしまった海鈴と、海鈴の肩に頭を預けて涙を堪える今藤 紗綾。そんな二人に近づいてくる上履きが四足あった。
顔を上げるとそこには、今藤 紗綾と同じバスケットボール部に所属しているクラスメイトが二人立っていた。
「さっきの見てたよ」
「笠井さんがあんなことするなんて意外」
そう言って話し掛けてくる。
「三好先輩が何をしたのかは知らないけど……、紗綾のためってゆうのは何となく察した!」
「笠井さんって友達いらないタイプかと思ってたから、さっきのはちょっと感動しちゃった」
そして二人は海鈴に手を差し出しす。
「笠井さん、私たちとも友達になろうよ」
【改めて言うのってなんか緊張する……】
手のひらの文字に、目が奪われる。
「私も笠井さんのこと、もっと知りたい!」
【一人が好きだって決めつけないで、もっと早く声を掛けていれば良かったな〜】
視界が滲んでいく。
本音だって怖いもの、汚いものだけじゃないのに、傷つくのが嫌でずっと見て見ぬフリをしていた。温かい感情だって、確かにあるのに。
「ありがとう……。こちらこそ、よろしく」
二人の手を取った。
少し照れくさくて、それでも繋いだ手は温かかった。




