4-1.苛立ちの原因
初めてギフトが発現した日のことはよく覚えている。
あれは中学三年生の十一月。気温ががくんと下がり、吐く息が白くなるような日だった。
受験シーズン真っ只中、学校が終わると近所に住んでいる小学校からの友達のナツと一緒に帰るようになっていた。お互い違う部活に所属していたため一度は距離が離れていたものの、部活を引退すると同じ時間に同じ方向にある自宅へ帰るため、自然と一緒に帰るようになった。
ナツとは自宅のすぐ目の前にある曲がり角で別れる。
いつものようにバイバイ、と笑顔で手を振るナツの手のひらに、
【あー、つまらなかった】
と書いてあった。何のことかわからず、突っ込みもしなかった。ただ、その夜はモヤモヤとした感情のまま過ごした。
その次の日の曲がり角でも、
【今日もつまらなかった】
と書いてある手のひらを向けて、ナツは笑顔で手を振った。
わざと書いているのか、何に対してつまらないと言っているのかわからなかった。もしかしたら自分に向けて何か訴えている?という気持ちも拭えなかったが、こんな微妙なやり方で伝える意味もわからない。ナツの笑顔を思い出すと心がザワザワして、恐怖と嫌な感じが止まらなかった。
海鈴がナツ以外の人の手のひらにも文字が書いてあることに気がついたのは、その次の日。初めて手のひらに書いてある文字を認識してから三日目だった。
体育の授業でバレーボールをしていた時、点数を決めてハイタッチをする同級生の手のひらに、
【やった! これで同点!】
と書いてあった。勿論、そんな文字を書いている暇なんてない。異変に気が付いてしまうと、他人の手の内が気になって仕方なくなった。ペンを持つ手の隙間、手を叩く時、髪を掻き上げる瞬間。周囲の人の、あらゆる動作に目が奪われた。
色んな人の手の内を見ている時に、一つの可能性に気がついた。信じたくなくて、何度もその考えを否定した。
でも、その日のナツの手のひらには、
【あぁ、つまらなかった。早く帰りたい】
と書いてあって、これは彼女が今、思っていることなのだとわかってしまった。
それからの海鈴は、まるで手の上で転がされているような状態だった。
誰かがネガティブな考えをしていたら自分のせいではないかと怯え、すかさず言い訳をするかのような言動をした。ナツと帰る時には話のネタを考え、つまらないと思われないように試行錯誤を繰り返した。
過剰に人のご機嫌を伺うような自分が、嫌で嫌で仕方なかった。それでも他人の手のひらが気になって、人の顔色と手のひらを交互に見て、会話を合わせて、上手く立ち回って、言葉を飲み込んで。
中学校の卒業式、最後のナツとの帰り道。
【やっと終わった。つまらないのもこれで最後。良かった】
桜の花びらが散る中、笑顔で手を振る彼女に海鈴も笑顔を返した。笑顔の裏で、こんな思いをするのはもううんざりだと思った。
誰かと一緒にいれば、弱い自分は必ず手のひらが気になってしまう。振り回されてしまう。それならば、もう友達は必要ない。
その決意を持って高校に入学したのだ。
最初は自分が浮いているような、寂しい気持ちになったことは否定しない。それでも必要以上に他人の手のひらを気にせずに済んだことは海鈴にとって随分楽なことだった。
それに、落ち込んでいた時期に偶然出会ったママが、占いの館のアルバイトとして雇ってくれた。手のひらを見ることを正式に仕事にした結果、人の思考を盗み見たくなる衝動も少しずつだが薄れていった。仕事をするのは性に合っていたようで、占いの館だけではなくバーWeirdosでも働きたいと申し出て、掛け持ちをすることになったのだ。
だから今更、今藤 紗綾に自分の立ち位置を掻き回されるようなことは避けたかった。




