3-4.暗い部屋の隅
両親はあっという間に離婚した。そして父親と母親のどちらにも詩織は引き取られなかった。
両家の話し合いの末、詩織は母方の祖父の家に預けられることになった。
すでに祖母は他界しており、事業で成功をしていた祖父は広い家に一人で住んでいた。週に何回かお手伝いさんを雇っていたので生活には不自由していなかったし、子供がいると家が明るくなると言って詩織と手を繋いで家まで連れて帰ってくれた。
家に着くと祖父は詩織の手をぎゅっと大切そうに握り、
「詩織ちゃん辛かったねぇ。 これからはおじいちゃんと一緒だ。安心しなさい」
と言ってくれた。皺が深く刻まれた祖父の手が温かくて、張り詰めていた不安な気持ちを吐き出せた。
「おじいちゃん……、なんでパパとママはしおりのこと、きらいになっちゃったの?」
「パパとママは詩織ちゃんのことを嫌いになったわけじゃないさ」
笑顔で祖父にそう言われて少し心が休まった気がしたが、詩織には気になることがあった。
「ねぇ、なんでおじいちゃんは、パパとママとおんなじやつをつけてるの……?」
「同じやつ? それは何のことだい?」
詩織は祖父の胸の辺りにぶら下がっている白い板を指さした。
「おんなじ、しろいやつ……。『あいじんがいる』ってかいてあるよ。そしたらパパとママとちがうね?」
祖父は大きく目を見開き絞り出すような声で、
「何故、そのことを……」
と呟いた。
その会話をして以来、祖父は詩織によそよそしくなった。
多くの資産を抱えていた祖父は、親族に愛人がいることを知られてしまうことを恐れていた。
そんな事情を知らない詩織は、両親だけではなく祖父にも嫌われてしまったのだと思った。
そして、祖父の家で全く使われていなかった日の当たらない和室に引きこもり、誰にも会わないように人目を避けて部屋の隅っこで一日を過ごすようになった。
作り置きされたご飯を一人で食べ、お手伝いさんが話し掛けても無反応。詩織は腫れ物扱いされていき、どんどん一人になっていった。
そんな日々が続いたある日、姉夫婦の離婚話を聞いて詩織を心配した叔父の龍之助がやってきた。叔父はお正月の親戚の集まり等でも顔を見せないため、会うのは久々だった。
「しーちゃん、入るわね」
そう言って部屋に入ってきた龍之助の首には、なぜか白い板はかかっていなかった。
「りゅーちゃん……。なんでりゅーちゃんには、ないの?」
何日も喋っていなかったせいで、詩織の声は出にくく掠れていた。
「ない? どうゆうこと?」
「……パパも、ママも……おじいちゃんも、……ここらへんにこんなしろいやつがあるの」
詩織は自分の胸の辺りで、指で四角を作る仕草をした。
「それになにかかいてあって、なぁにってきいても……おしえてくれないの。みんなしおりを…………きらいだから」
その言葉を聞いた瞬間、龍之助は詩織を強く抱きしめた。
「なんで……りゅーちゃんにはないの……?」
か細い声だった。以前会った時はうるさいくらい元気いっぱいで、明るく楽しく生きていた詩織。今は目は虚ろで、涙も出ないくらい憔悴している。
こんな小さな子が。何もわからないまま両親にも祖父にも突き放されて、薄暗い部屋で一人ぼっちで。
龍之助はボロボロ泣いた。詩織を抱きしめながら、もっと早く会いに来ていれば良かった、ごめんなさい、と何度も繰り返した。
「しーちゃん、アタシと一緒に暮らしましょう。アタシがいるわ。何があっても見捨てない」
詩織は虚ろな表情のまま、首を傾げた。




