3-3.或る夏の日
「ママ、くびのやつなぁに?」
「首のやつ? このネックレスのこと?」
母親は胸元で輝く一粒のダイヤモンドが付いたネックレスに触れたが、詩織は大きく首を横に振った。
「ちがうよ! 『うつみさんと、ふりん』ってかいてあるよ!ふりんってなぁに?」
詩織がそう言うなり、父親は急に険しい顔付きになり声を荒げた。
「うつみ……宇津美さん? それって前に勤めてた会社の人だよな!? お前まさか不倫してたのか!?」
母親も負けじと声を張り上げる。
「詩織ったら何を言うのよ! 不倫なんてしてるわけないじゃない!」
詩織は両親の様子が変わったことには気がついていたが、何が原因なのかわからなかった。だから、場を収めようと最悪の一言を放ってしまったのだ。
「……パパ、なんでママのことおこるの? パパも『ひのさんと、ふりん』ってかいてあるよ?」
その一言で、幸せな家庭は崩壊した。
「あなたこそ樋野さんって会社の後輩の!? 自分こそ不倫してるじゃない!! 詩織に一体何を見せたのよ!?」
母親は怒り狂いながら絶叫するかのように怒鳴った。
「詩織、どこでパパの不倫のことを知ったの!? 教えなさい!!」
「ママの不倫の何を知っている!? どこで知った!?」
強い力で左右の肩を掴まれる。こんな鬼の形相をした両親を見るのは初めてだった。父親と母親の顔を交互に見比べながら、
「しおり、なんのことかわからないよ……! パパもママもなにをいってるの……?」
と必死に伝えるも、
「ちゃんと答えなさい!!」
と叱られてしまい、詩織の目からは大粒の涙がボロボロと溢れた。
その後のことは、あまりよく覚えていない。父親は家に帰って来なくなった。母親はいつも苛々していて、度々どこで不倫のことを知ったのかをきつく詩織に問いただした。
そしてただ首を横に振る詩織を見て、怒ったように大きな溜息をついた。
父親も母親も、詩織に言われるより前に一生を添い遂げると誓った伴侶がもう自分を愛していないことにはとっくに気が付いていた。そして他に愛している人がいることにも。
気が付いていながらも、誰から見ても幸せな家庭という体裁を、歪な家族の形を保っていた。
自分より相手が先に不倫をしていた、不貞をしていたという証拠が欲しかった。自分がより優位に立つために多くの情報が必要だった。詩織の掴んだ情報を知る必要があった。
詩織が口を開かないことに苛立つ両親は、詩織に人の秘密が見える力が発動したということを知る由もなかったし、詩織も勿論そのことに気が付いていなかった。




