3-3.或る夏の日
一方、保健室に残された詩織の呼吸は落ち着きを取り戻し、ベッドに横たわって休んでいた。朦朧とする意識の中で、詩織は家族で過ごした最後の夏を思い出していた。
それは良く晴れた夏の日だった。
白い雲が綿あめみたいに浮かんで、セミが忙しなくミンミンと鳴いていた。
幼稚園からの帰りのバスから飛び降りると、詩織は迎えに来ていきた母親にぎゅっと抱きついた。
「ママ! しおり、おたんじょうびにはネコちゃんがほしい!!」
母親はそんな詩織のほっぺたを人差し指で突く。
「詩織ったら、ただいまって言うのが先でしょう〜?」
母親に指摘されると詩織は満面の笑みを浮かべ、
「ただいま!」
と大きな声で言う。そんな詩織を見て母親はくすくす笑った。
「おかえりなさい」
母親と詩織は、仲良く手を繋いで家へ入っていった。近所でも評判の、仲の良い家族だった。
その日の夜。父親が帰宅すると詩織は、
「パパ! おかえりなさい! しおり、おたんじょうびにネコちゃんがほしいの!」
とぺったりと父親にくっついて甘えながらおねだりをした。
「お友達が猫を飼い始めたんですって。それで詩織も猫が欲しいって幼稚園から帰ってきてからずっとこうなのよ」
母親が夕食の準備をしながら父親に説明をする。
「へぇー。詩織、ペットを飼うって大変なことなんだよ。ちゃんと面倒見られるかなぁ」
「しおり、ちゃんとおせわするよ!」
胸を張る詩織に、父親は悪戯な笑顔を浮かべた。
「でもなぁ……。猫ってお魚が大好きなんだよ。ぺんちゃんのことも食べちゃうかもよ〜?」
父親はそう言って、手のひらサイズのペンギンのぬいぐるみをピョコピョコ動かし、もう片方の手でパクリとぬいぐるみを食べるような仕草をしてみせた。
このぬいぐるみは家族で水族館に行った際に詩織が駄々をこねて買ってもらったもので、ぺんちゃんと名前をつけて大切にしている。寝るときも、おままごとをする時も一緒だ。
「ぺんちゃんはだめ! しおりが、ちゃんとたべちゃだめっていうから、だいじょーぶだもん!」
叫ぶように主張する詩織に、母親は席につくよう促した。
「ほらほら、みんなで夜ご飯にしましょ。珍しくパパが早く帰ってきたんだから」
夜ご飯はハンバーグだった。詩織は母親が作るハンバーグも、オムライスも、卵焼きも大好物だった。
母親は怒ると怖いけれど、いつも優しくて美味しいご飯を作ってくれた。父親は夜遅くまで仕事をしていることもあるけれど、お休みの日にはたくさん遊んでくれた。
二人のことが大好きだった。詩織は幸せだった。
その次の朝。目を覚ました詩織がリビングへ行くと、母親はいつものように朝ごはんを作っていて、父親が朝食を食べながら新聞を読んでいた。
「パパ、ママ、おはよう!」
「詩織、おはよう。早く座って、朝ごはんにしましょ」
朝食はピザトーストにベーコンとスクランブルエッグ、デザートのブドウ。大好きなブドウに、詩織は大喜びだった。
ピザトーストにかぶりつくとケチャップを口元にべったりつけてしまい、それを母親が拭ってくれた。
その時、母親の首から見慣れない白い板のようなものがぶら下がっていることに気がついた。




