3-1.秘密はぶら下がっている
詩織は学校へ行くと教室へは入らずに保健室へ向かう。いわゆる保健室登校をしている。登下校の時間は他の児童と被らないように十五分程遅らせているが、それでも通学中は必ず他人とすれ違う。その時間が詩織には苦痛だった。
詩織には、人の秘密が見えた。あらゆる人が秘密が書いてあるホワイトボードを首から掛けているように見えるのだ。
龍之助はその見える力のことをギフトと呼んでいるので、詩織もそう呼んでいる。
『かぶでもうけた』
『パパ活をしている』
『えんじょ交さいをしている』
『しゃっきんがある』
『〇〇がきらい』
『✕✕がすき』
他人の秘密を見ても詩織にはわからないことばかりだ。それでも、自分の首から下げたホワイトボードを握る手にはいつも力が入る。保健室へつく頃には、くっきりとホワイトボードを握りしめた跡がついている。
入学当初は龍之助が送迎をすると言ってくれたが、これ以上迷惑をかけたくないという気持ちで一人で登下校をしている。
他の児童が誰も歩いていない廊下を早足で歩き保健室に入ると、やっと詩織の肩の力が抜ける時間だ。
「加納さん、おはよう」
「川田先生、……おはよう、ございます」
保健室の川田 麗子先生はおっとりとした優しい先生で、児童からも人気がある。そんな彼女には『BLがすき』という秘密がぶら下がっている。
詩織はいつもBLとは何のことなのか疑問に思うが、そのことは口に出さないようにしている。人の秘密を見てしまう度に、詩織は怖いと思う。
――今はわからないことだらけ。それでもこれから先、どんどん大人になって、ひみつのいみがわかってしまったら。
勉強は嫌いではなかった。学校以外でも家に引きこもっていることの多い詩織は、どちらかというと学力は優秀な方だ。それでも、簡単な小学一年生の勉強では問題がなくともこれから先はどうなってしまうのだろう。
――しおりは、大人になりたくない。
わかりたくない。わからないままがいい。わからないままでいたい。それでも、まだ顔も名前も一致しないクラスメイトでも置いていかれるのは怖い。置いていかれるのは怖いのに、一歩踏み出す勇気はない。
保健室で国語のプリントを解いていると、担任の輪田 雅斗先生が様子を見に来てくれた。
「加納、おはよう。元気でやってるか?」
いつもジャージ姿の若い男の先生だ。『どうてい』という秘密をぶら下げている彼は、忙しい時間の合間を縫って毎日詩織に声を掛けてくれる。
「夏休みの宿題の一つなんだけどなぁ……」
そう言って詩織に差し出したものは、作文の宿題だった。テーマは“大切なもの”。
「夏休み明けに授業参観があって、その日の国語の時間に発表会をしようと思ってるんだ」
授業参観。クラスメイトのパパやママが、子供の学校での様子を見に来る日。
――きょうしつに行くのはむり、それに、しおりにはパパとママなんて……。
授業参観があることを龍之助に言ったら喜びそうだが、自分が他の子と同じように教室で発表が出来ないことでがっかりさせたくなかった。それに龍之助は仕事もあって忙しいのだ。
「もし二学期から教室に来れそうなら、遠慮するなよ。先生もクラスのみんなも待ってるからな」
輪田先生は笑顔で去っていったが、詩織の表情は曇っていた。




