2-8.凧揚げと珈琲
オレンジジュースを啜っていると、頭を抱え何やらどんよりとしたオーラを纏ったお客様がカウンター席の隅にいることに気がついた。
あれは恋に落ちたばかりの男、凧揚げアニキじゃないか。
「蒔田さん、一人ですか?」
思わず声をかける。
「あれ、谷崎くんか……」
凧揚げアニキは俺に気がつくと、目の下に隈をつくり生気が抜けた表情のまま笑った。彼の恋患いは重症のようだ。
「未成年なんでオレンジジュースですけどね。隣に座ってもいいですか?」
凧揚げアニキの返事を待つまでもなく、俺は彼の隣の席に座った。心なしかこの席に座った途端に空気が重たくなったように感じる。
「もー、聞いてよ! ヒカルちゃん! 蒔ちゃんったら蘭玲ちゃんに会いたくて、十八時にお店に来てからずっとここに居座ってるのよ」
ママがプリプリ怒りながら、凧揚げアニキにハイボールのおかわりを渡した。
「えっ、オープン前からですか!?」
「そうよぉ! まず朝一で蘭玲ちゃんが今日シフトに入ってるか確認しに来たのね。それで彼女が退勤する時間に合わせて、十八時にもう一度お店に来たのよ。そこまでして蘭玲ちゃんに会っても一言も話しかけられなかったんだからッ! もどかしくて嫌になっちゃう! 蒔ちゃんがこんな奥手なんて知らなかったわッ」
余談だが、ママはオープン前はスッピンだが、営業中は軽くメイクをした姿で接客している。今日は目に紫のアイシャドウを塗っていて、いつもより化粧が濃い気がする。李 蘭玲さんに上手く話しかけられなかったことを喜々として喋る様子からして、凧揚げアニキのことをまだ狙っているのだろうか。
「それでずっと落ち込んでるんですか……」
「あはは……。その通りです……」
負のオーラを撒き散らしている当の本人は、ママに狙われてるなんて露ほども気が付いていないだろう。ママには悪いが、俺は凧揚げアニキの恋を応援したい。なぜなら金曜日の夜に来てくれる常連の社長さん等、他にもママが色目を使っている相手がいることを俺は知っているからだ。
「せっかく会いに来たんだから、何か会話すれば良かったじゃないですか!」
「そりゃ僕だって、彼女と少しでも仲良くなりたいと思って気合い入れてたんすよ……。でも実際彼女を目の前にしたら、こんないい年したオッサンが、何を話しかければいいかわからず頭が真っ白に……」
頭だけではなく顔面が蒼白になっているが大丈夫だろうか。
「んもぅ、蒔ちゃんたら可愛いんだから。恋の秘訣とか、色々教えてあげたくなっちゃうわぁ」
ママが合いの手を入れるかのようにアピールをしている。まずい、このままではママのペースに乗せられてしまう。
俺はオレンジジュースを一気に飲み干すと、おかわりとレーズンバター、生ハムの盛り合わせを頼んだ。これで少しはママを遠ざけられるはずだ。ママは小さな舌打ちとともに余計な邪魔が入ったという表情をしたが、気がつないフリをしておこう。




