2-3.凧揚げアニキ
「ちなみにスイちゃん、聡城中学校の特進クラスよ」
学校名を聞いて目を丸くした。聡城中学校と言えば、都内でも有名な進学校だ。そして入学することも難しい難関校としても名を馳せている。
「めちゃくちゃ頭いいじゃないですか!」
「そうみたいよ。お父様はお医者様って言ってたわね。確かお母様はドイツ人で、スイちゃんはハーフなんですって」
なんだよ、それ!
天は二物を与えずとはいうが、顔好し・頭良し・家柄良し、しかもハーフとは与え過ぎではないだろうか。
なんでそんなハイスペックなクソガキに目の敵にされたのか。なぜだかめちゃくちゃに悔しい。実はハイパー音痴とか、運動が出来ないとか、欠点があればいいのに。
「それでね。スイちゃんのギフトは、相手から期待されていることが見える、よ」
「……え?」
「ヒカルちゃんはスイちゃんの顔を見て、話を聞いて、何を期待した?」
期待されていることが見える?俺が彼に対して思ったことは。
「……彼に音痴とか、運動が出来ないとか、何か欠点があって欲しい……と。あと、女装した姿を見てみたい……とか」
「大変正直で宜しい!」
ママは大声を上げて笑った。
相手から期待されていることが見えるギフトは、ハイスペックな彼だからこそ辛いのだろう。顔を隠すように伸ばした前髪の理由も少しわかった気がした。ギフトを持っている者同士とはいえ、悪戯に顔を覗いたりして悪いことをしてしまった。
「スイちゃんはねぇ、海鈴がここに連れてきたのよ。初めてお店に来た時のスイちゃんは今とは別人だったわ。卒なく礼儀正しいけれど、どこか壁があって一線を引いてるという感じでね。でも少しずつ素の自分を出してくれるようになったの。あんな態度で腹が立つと思うけど、どうか許してあげてね」
俺は小さく返事をすると、胡桃を砕く作業に戻った。
改めてギフトについて考える。ギフトを持っているということは人の秘密や気持ちを勝手に見て、勝手に気にして、そして勝手に傷ついていくのかもしれない。
どんなに嫌なものが見えてしまっても、勝手に見ているのだから誰かを責められる訳もない。個性と思って割り切ると言っても、なぁ。
物思いに耽っていると、またカランカランとベルが鳴った。今日は営業前から来客が多い日だ。
「こんちわー、藤川酒店でーす! 納品に伺いましたーっ!」
あぁ、そうだった、ママが酒屋さんが来るって言ってたな。
ちらりと詩織を見ると、テーブル席で縮こまりながら『おばけがこわい』と書かれたホワイトボードを握りしめていた。
俺は藤川酒店さんとは何回か納品に立ち会っているため面識がある。
Weirdosの配達を担当してくれている蒔田さんは四十代位の男性で、ママには及ばないものの筋肉がムキムキで逞しい。重たいビール樽やダンボールをヒョイヒョイ軽々と運んでくれる。少し会話をしただけだが、ジョークを飛ばしたりと明るく豪快なアニキって感じの人だ。
蒔田さんの顔には、萎れた花と“凧揚げ”と書いてあるので、俺は心の中でこっそり凧揚げアニキと呼んでいる。