2-2.ギフト持ちの忠犬
ママと少年が言い合っているところで、また扉のベルが音を立てた。
「ママ〜ぁ、飲み物ちょうだ〜い」
そこには、髪の毛をツインテールにした、今日も変わらずにゴスロリ姿の笠井さんこと占い師『Rin』がそこに立っていた。
「みっ、海鈴さんっ!? お久しぶりですっ!」
さっきまで半ギレ状態だったとは思えない程の切り替えの速さで、少年は笠井さんの元に駆け寄る。
依然として少年のテンションについていけず、俺は置いてけぼりだ。
「あれっ、翠じゃん。久しぶりだね?」
「テストとか修学旅行とかあって、全然来られなくてっ! 今日は海鈴さんにお土産渡そうと思って! これ、八ツ橋です!!」
「ありがとー、八ツ橋って美味しいよね」
と言いながら少年から大きな箱を受け取る笠井さん。大きな紙袋には八ツ橋が入っていたらしい。
さっきと全然態度が違うぞ、少年。
「海鈴、占いの方は抜けてきて大丈夫なの?」
ママがオレンジジュースの入ったグラスを渡しながら問いかける。
「だいじょーぶ! 一区切りついたとこ。一応、離席中の札も出してきたよ。ペットボトルのお茶を持ってきてたんだけど、飲みきっちゃったから喉カラカラだよぉ」
笠井さんはそう言うと、ストローを咥えながら詩織の隣に座った。その後を少年が追いかけ、テーブル席の二人の向かいに座る。
そんな少年を無視して、笠井さんは詩織に話しかける。見ていて何となく思っていることだが、笠井さんは詩織のことを本当に可愛がっている。
いや、可愛がっている、というよりも、溺愛であると言う方が正しい。詩織は変わらずうつむき加減だが、笠井さんの方は詩織にピッタリと寄り添い、頭を撫でたり抱き寄せたりとスキンシップが強めだ。
そして、少年はそんな笠井さんを恐らく温かい目で見ているようだ。
ちなみに、このように曖昧な表現をしているのは、もっさりとした少年の前髪で表情が見えないからだ。先程まで凄んでいたとは思えない程の忠犬ぶりというか、なんというか。
「ちゃんと紹介ができなくて悪かったわね。この子は尾方 翠。アタシはスイちゃんって呼んでるわ。もう気がついていると思うけど、ギフトがあるのよ。中学生だからね、たまにオープン前のお店に遊びにきてくれるの」
ママがこっそり教えてくれる。
「そうだったんですか……」
しかし、尾方 翠という少年の前髪の鬱陶しいこと。周りとか見えているのか?ここでちょっと俺に悪戯心が芽生える。それはムクムクと湧き上がり、
「そーんな長い前髪をしてると、目が悪くなるぞっ」
と言いながら、衝動的に少年の前髪をくしゃっと捲り上げた。
その一瞬で少年と目が合う。
捲り上げた前髪が、また顔に掛かって少年の表情を隠す。
は?……え??
ごくりと唾を飲み込み、暖簾をかき分けるように再び少年の前髪を失礼する。
少年は何も言葉を発しないものの、大きな大きな舌打ちをした。こちらをギロリと睨んでいる。眉間に何本もの深い皺が寄り、ブチ切れていることがよく分かった。血管が浮き上がり、怒りマークが見えるようだ。