9-4.卒業式
美術室へ入ると、額縁に入った大きな絵が置いてあることに気が付いた。
それは不思議な絵だった。絵の真ん中には心臓のようなモノが、それを取り囲むように人間の体が描かれている。
あちこちから飛び出る四本の腕や脚や顔で、二人の人間が合体しているのだとわかった。不思議な構造だがグロテスクではない。寂しい雰囲気の中にどこか温かみも感じて妙に心惹かれる絵だ。
昨年の昼休みに苑田 寧々が黙々と描いていた“行きたい場所を全部くっつけた”という絵の雰囲気とはまるで違う。それでも初めて彼女の絵を見た時よりも遥かに大きな衝撃があった。
「初めてコンクールで大賞をもらったの」
食い入るように絵を見つめる翠に、苑田 寧々はそう言った。
「へぇ、おめでとう! ところでこれは何を表現してんの?」
目の前にある抽象画の迫力はわかる。何か脳に訴えかけてくるような感覚はあるものの、彼女が何を描きたかったのかはさっぱり解らなかった。
「この絵はウチが大切に思う人をくっつけたの」
淡々と答える苑田 寧々に、人間までくっつけたのかと翠は苦笑いをする。そんな翠には目もくれず苑田 寧々は絵に描かれている脚を指差した。
「これは尾方先輩の脚、こっちは先輩の腕」
「え? 俺?」
そして苑田 寧々は真顔のまま、人間の顔部分を指差す。
「それでこれは尾方先輩の目」
苑田 寧々が指差す先に描かれている目は確かに瞳が緑がかっていて、普通の日本人の瞳の色とは明らかに区別されていた。
「俺を描いたってこと……?」
翠の質問に表情一つ変えず苑田 寧々はこくりと頷き、真っ直ぐな目で翠を見据える。
「そう。ウチは尾方先輩のことが好きだから、先輩をくっつけた絵を描いたの」
突然の告白に翠は面食らった。
《このままでいさせて欲しい》
苑田 寧々の頭上にある吹き出しには、相変わらず意味不明な期待が現れている。
前髪を伸ばして周囲をシャットアウトする程に面倒くさいと思っていた女子からの好意だが、今回ばかりはしっかりと受け止めなければならないと何故かそう感じた。
苑田 寧々が絵を描くこと以外にも興味を持っていたことへの驚きと、多少の嬉しさを感じたのは間違いない。
そう思うと同時に、翠の脳裏に浮かんでくるのはあの人で。
「……ごめん。俺、好きな人がいるんだ」
初めて出会った日の海鈴さんや、水族館での海鈴さんの笑顔。
苑田 寧々のことは嫌いじゃないが、やっぱり海鈴さんの特別な存在になりたい。
「良かった」
「えっ?」
予想外の苑田 寧々のその言葉に、思わず聞き返す。
「去年、尾方先輩と過ごしたお昼休みの時間がウチにとっては大切な時間だった。先輩はウチのこと馬鹿にしたりしないし、傍に先輩がいて心地良かった」
苑田 寧々がそんなふうに考えていたなんて、思いもよらなかった。しかし、
「それなら、どうして急にもう昼休みは美術室に来ないなんて言い出したんだよ」