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Weirdos―左頬に文字が見えるギフト―  作者: 七星
9.それぞれの恋の続き
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9-4.卒業式

 水族館へ出掛けた日から、数日が経った。


 今日は翠が通う中学校の卒業式だ。


 教室の黒板には「三年三組、卒業おめでとう」の文字を囲うように、桜の花びらがチョークで描かれている。


 卒業式と言っても中高一貫校なので、クラスメイトの顔ぶれはあまり変わらない。それでも数名は内部進学をしない生徒がいて、クラスメイトは肩を抱き合い涙目で別れを惜しんだりしている。


 翠にとっては胸につける花のブローチもただの飾りだ。体育館で長々と行われる式典も、茶番のように感じられた。


 高等部に進学後も三年間は歌うことになる校歌も、色が変わるだけの制服のネクタイも、何ひとつ代わり映えしない。


 保護者席で熱心にビデオ撮影をしている母親を見つけてしまい、勘弁してくれと思ったくらいだ。


 ただ、この校舎で過ごすことは二度とないと思うと感慨深い。 


 卒業アルバムに記念のメッセージを書き合う同級生達をくぐり抜けて最後に美術室へ寄ってみたが、案の定施錠がされていた。


 “行きたい場所を全部くっつけた”というあの絵をもう一度見ることが出来なかったことが、中学校生活において唯一の心残りだ。


 それ以外には特に未練もなく。さっさと帰宅しようと昇降口で下駄箱に手をかけた時、


「尾方先輩」


 翠を呼ぶ声に振り返ると、そこには苑田 寧々が立っていた。


 昨年、彼女が昼休みに美術室に来ることを止めてから、久しぶりの再会だった。いや、何度か校内で見かけたことくらいはあったのだが、お互いに声を掛け合うことがなかったのだ。


「苑田……」


 約四ヶ月ぶりにまともに顔を見た苑田 寧々は相変わらず無表情で、それでいて真っ直ぐな目をしていると思った。


「卒業おめでとうございます」


「おー、ありがとう」


 それを言うために、わざわざ昇降口で待っていたのだろうか。


 こんな健気な後輩がいるなんて、大して人付き合いもしてこなかったが自分の中学時代もそう悪いものじゃないな。なんてしみじみと考えていると、


「ちょっとだけ、こっち来て」


 そう言って苑田 寧々は翠の腕を掴んだ。そして翠の返事も聞かないまま歩き出す。


「おい? どこに行くんだよ」


 翠の問いには返答もない。腕を掴まれたまま大人しく引っ張られて行くと、着いたのは先程は入れなかった美術室だった。


「鍵かかってるぞ」


「大丈夫、鍵なら持ってる」


 やっと答えが返ってくる。そして苑田 寧々は制服のポケットから鍵を取り出し、美術室の扉を開けた。


 薄っすらと残る絵の具の匂い。弱々しい陽光が差し込み、不規則に放置された大小のキャンバスが影を伸ばす。久しぶりの美術室の光景に懐かしさを感じた。

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