9-3.しまい込んだプレゼント
そして申し訳なさそうに頭を掻く。コイツにムカつきはしていたが、海鈴さんと詩織の笑顔に免じて今日は怒りを収めてやろう。
谷崎とそんな会話をしていると、詩織がパタパタ駆け寄ってきて谷崎の腕をキュッと掴んだ。
「ひかるちゃん……。しおり、りゅーちゃんとかりんちゃんにおみやげかいたい……」
「よーし、一緒に見に行こうか!」
そう言って二人は手を繋いでお土産コーナーに向かう。詩織は谷崎にくっつきながらぴょこぴょこ飛び跳ねるように歩いていた。
そんな二人の後ろ姿を見つめていると、海鈴さんが
「翠、今日は誘ってくれてありがとう」
と声を掛けてくる。
「いいえ、楽しんでもらえたなら何よりです」
そう言いながら、今がチャンスだと思った。
翠はもともと二人きりでのデートを想定していたので、バレンタインデーのお返しにとプレゼントを用意していたのだ。
詩織や谷崎の手前、今日渡すことは半ば諦めていたのだが、大水槽をバックにしている今、シチュエーションも最高だ。
海鈴さんの為に選んだのは、彼女のイメージにピッタリで即決で購入した華奢なデザインのブレスレット。
気に入ってもらえる自信はあるが、いざ渡すとなると緊張で何時になくドキドキする。
「……谷崎とは少し仲良くなれた?」
「え?」
それは海鈴さんからの思いがけない質問だった。意図がわからず、次の言葉が出てこない。
「ほら、翠もWeirdosでバイトするんでしょ? 私はこれから受験であんまりバイトに入れなくなるだろうし……。お店の為にも二人には良い関係でいて欲しいからさ」
海鈴さんは自身の髪の毛を指にくるくると巻き付けながら、もじもじしている。
「……まぁ、多少は」
そう返答しながら、翠は目線を落とした。斜め掛けのバックの持ち手を掴む手に力が入り、浮足立った気持ちが急降下していく。
「それなら良かった!」
そう言って微笑む海鈴さんに、翠はついにブレスレットを渡せなかった。
お土産コーナーで詩織と谷崎と合流すると、詩織は既にお土産の袋を右手に持っていた。オッサンと友達用にイルカのキーホルダーを購入したそうだ。
そして左手には、
「ぺんちゃんのおともだち、ひかるちゃんがかってくれたの……。すごくかわいい……!」
とチンアナゴの小さなぬいぐるみを大切そうに抱きしめていた。翠にはその可愛さは理解できなかったが、詩織はふにゃふにゃした笑顔で満足気だ。
「バレンタインデーのお返しにね」
そう言って谷崎は詩織の頭を撫でると、今度は海鈴さんを見る。
「笠井さんにもホワイトデーのお返しをしたいんだけど、何か欲しい物ない?」
「いいの? それじゃ……」
海鈴さんは谷崎とお土産コーナーの奥へと進んで行く。翠はまた谷崎に差を付けられたような気分になった。