9-2.水族館へ
海鈴さんの方を見ると、少し恥じらいつつも嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「せっかくだから私が誘ったの! ママにも声を掛けたんだけど、みんなで行っておいでって」
そこで翠は状況を理解した。海鈴さんはギフトが発現してから友達も作らずバイトに明け暮れる生活を送っている。推察するに友達と遊びに行くなんて経験がほとんどない。
つまり、海鈴さんは遊びに誘われてはしゃぎ過ぎたのだ。
そして手当たり次第に知り合いに声を掛けた結果、詩織と谷崎が今日この場にやって来た。オッサンは子ども同士の遊びに着いて行くほど無粋ではないので遠慮したのだろう。
そうであれば詩織に対して責めることは何もない。まだ小学生一年生だ、水族館と聞いたらもうワクワクが止められないだろう。しかし谷崎は本当に気が利かない野郎だ。
ジロリと睨みつけると、谷崎は肩を縮こまらせた。
「全員揃ったし、出発! 私、水族館って久しぶり!」
「しおりも! ペンギンさんいるかなぁ……」
「ペンギン会いたいねぇ〜っ」
妙に張り切っている海鈴さんは詩織と手を繋ぎ、先陣を切って歩き出した。
水族館に着くとそれぞれでチケットを買って入場する。詩織はオッサンからお小遣いを貰っているようだった。
本当ならばスマートにチケットを二人分購入して、海鈴さんにアピールするチャンスだったのに、と翠は肩を落とした。
行きの電車は勿論、館内に入っても二人きりにはなれず、それどころか隣をキープすることも難しい。あっちこっちと楽しげに水槽を覗き込む海鈴さんと詩織の後を、谷崎と二人で追い掛けている状況だ。
「谷崎、遅い! 翠も早く早く!」
「ここ、ラッコさんがいるよぉ」
手招きをする二人には罪はない。が、何が悲しくて谷崎なんかと魚を眺めなくちゃいけないのだ。
悪態をつきながらも歩いて行くと、大水槽のコーナーに辿り着いた。
一面ガラス張りになっている水槽を見上げると、まるで海の底に立っているような気分になる。悠々と泳ぐ魚達の姿を見ている、先程までの苛立ちが解けていくように感じた。
海鈴さんと詩織は水槽に近づいて、どんな魚が水槽内にいるのかが書いてある説明を読みながら、指を指したりしている。
翠は少し離れた位置から二人を見守っていた。幸せそうな二人の後ろ姿を見れたのだから、今回はこれで良かったのかもしれない。そう思ったら体の力がふっと抜けた。
「翠、本当は笠井さんと二人で出掛けたかったんだろ?」
同じように大水槽を見上げながら、横に立っていた谷崎が話しかけてくる。
「そうだよ。わかってるなら、ちったぁ気を利かせろよ」
谷崎は小さく苦笑した。