9-1.チョコレート
誘拐騒動が起こった日から、早三ヵ月が過ぎた。
あれから新堂 琉為からは一度も連絡はない。
俺の電話番号を新堂 琉為は知っているが、俺は新堂 琉為の連絡先は知らない。かといって、いつ鳴るかもわからないスマホに怯えて過ごしているわけでもなかった。そして以前のように厳戒体勢でバイトのシフトを組んでもいない。
なぜなら新堂 琉為が言っていた大きな仕事が、大河ドラマの主演に抜擢されたことを指していたのだとすぐにわかったからだ。
十二月十八日に情報が解禁されると瞬く間にニュースとなり、テレビやSNSでは日々盛り上がりを見せている。
これはテレビやネットの情報だが、撮影場所は主に京都らしく、東京に戻ってくることがあってもとんぼ返り状態で多忙を極めているらしい。そのおかげで俺達は安心して生活を送ることが出来ている。
ギフトが発現してから離れていたテレビやネットも、新堂 琉為の情報を得るために見ることが増えた。ファンでもないのに新堂 琉為の動向に詳しくなってしまい、かなり複雑な気持ちだ。
ママからは、Weirdosでのバイトを辞めたらどうかと打診もされた。首を締められ、連絡先を奪われ、殺人犯に狙われながら仕事をする必要はないと俺を気遣っての提案だ。
「そうすればちょっとは安心できるでしょ? もうすぐで二十歳なんだし、アタシに会いたい時にはお客様としてお店に来てくれてもいいのよ」
なんて言ってくれたけど。
やっぱり俺はWeirdosで働くことが気に入っているのだ。
それに詩織が誘拐された時のように他の人に危害が及ぶ可能性もあるわけで、俺が辞めても意味がないような気もした。笠井さんにも同じような打診があったようだが、俺も笠井さんも迷わず残留を選択した。
まぁ、それはそれとして。
現在、俺が直面している問題は別にある。
それは、後一週間後に控えているホワイトデーについてだ。
今年のバレンタインデーは、チョコレートを三個も貰ったのだ。
一つはママから。バレンタインデー当日に来店したお客様に配る用に手作りしたというブラウニーは、洋酒が利いて実に美味しかった。
二つ目は詩織からで、溶かしたチョコレートをアルミカップに入れて固めてデコレーションしたもの。
「ひかるちゃんには、とくべつなやつなの……!」
と言って渡されたチョコレートには、チョコペンで不器用ながらもピンクのハートが描かれてなんとも愛らしい一品だ。
ちなみに詩織は誘拐をされて怖い思いをしたものの、良くも悪くも睡眠薬を飲まされてほとんど眠っていたので心配していたよりも精神的ダメージは大きくなかったようだ。
それよりも目覚めた時に傍にいた俺のことをヒーローのように感じているみたいで、あれからキラキラとした目で俺のことを見てくる。
実際には新堂 琉為に翻弄されてばかりで不甲斐なく、ヒーローとは程遠かったのだが。
そして三つ目はなんと笠井さんだ。
まさか笠井さんから貰えるとは梅雨程も思っていなかったので、
「はい、これあげる。……だって谷崎にだけあげないのも変だし」
と言って突き出された小さな箱がチョコレートだと理解するのに少し時間がかかった。
「……お返しは三倍返しだからね」
そう悪戯っぽく笑う笠井さんに、義理チョコとわかってはいても舞い上がる自分が抑えきれなかった。