8-10.決意
笠井さんは大人しく涙を拭われていたが、突然我に返ったように俺を突き放した。
顔を赤面させて俯く笠井さんを、思わずじっと見つめてしまう。
耳まで真っ赤になっちゃって、何だろ、笠井さんが凄い可愛いぞ。
殺人犯と対峙して殺される恐怖を味わったせいか、優しい言葉を掛けられて過剰に愛しさが湧き上がってくるように感じる。
あの緊迫した状況から開放されて浮かれているのだろうか。出来ればこのまま笠井さんに抱きついてしまいたい。
そんな俺の下心に気付くことなく、
「……お腹が空いちゃった。翠も待ってるし、早く渋谷に帰ろ!」
そう言って海鈴さんはエントランスの方へ歩き出す。そして途中で足を止めて、くるっと振り返った。
「夜ご飯、谷崎の奢りだからね。……それで心配かけたこと、許してあげる」
笠井さんはまだ潤んだ目をしていながらも、唇を尖らせて強がってくる。それがなんだか妙に可愛かった。
「笠井さん……」
こんな風に冗談を言われると、危機を乗り切ったのだと実感が湧いて口元が緩んだ。
「ヒカルちゃん、しーちゃんを助けてくれてありがとう」
「いえ……。しーちゃんが無事で良かったです」
そう答える俺の肩をギュッと掴んで、恐ろしいくらいにっこりと笑うママ。
「ひぇっ!?」
あまりの形相に悲鳴を上げる俺。
「でもね。ソレはソレ、よ。言っておくけど、海鈴は許してもアタシはヒカルちゃんが勝手な行動をしたこと、まだ許してないわよ。帰ったら覚悟なさい」
その後、俺達はタクシーでWeirdosに帰り、夜ご飯にコンビニで買ったお弁当を食べた。
ちなみに笠井さんと尾方 翠、途中で目覚めた詩織の分のデザートを奢らされたし、新堂 琉為に首を締められた時に出来たのであろう首元の内出血に気がついたママには危険な行動をしたことについて、こってり絞られた。その間、怒られている俺を見て尾方 翠はニヤニヤしていた。
喧嘩したり傷つけ合ったり、ムカつくことだってある。
それでも俺は、この人たちが好きだから。
俺は左頬に特技が書いてあるように見えるギフトしか持ち合わせていない。超パワーでもなければ、チート能力でもない。
それでも、いずれまたやって来るであろう新堂 琉為という脅威から、何度でも大切な人たちを守りたい。強くそう思った。
これで第八章が完結です。
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