8-8.タイムアップ
大口を開けてヒーヒー笑う新堂 琉為に体の奥底から腹が立つ。
「事実だ……! 実際に、俺は殺されるところだった……!」
やっと呼吸は整ってきたが、まだ声は掠れていた。
「うんうん、それで? 光君にそのことが証明ができるのかなぁ?」
笑い涙を拭いながらそう問われて俺は言葉に詰まったが、新堂 琉為は流暢に喋り続ける。
「僕が人を殺してることが事実だったとして? でもその証拠がないから光君は今日、一人でここに来るしか方法がなかったわけだ! だからスマホで盗聴しようと考えたんだよね。やっぱり光君は可愛いな」
俺は唇を噛むことしか出来なかった。そうだ、その通りだ。俺が知っている新堂 琉為の唯一の弱味を突き付けても、容易く躱される。這いつくばる俺を見下ろす、余裕のある態度が無性に気に食わなかった。
寝首を掻こうとしていた相手に向かって可愛いだなんて、完全に馬鹿にしている。
体を起こしながらも新堂 琉為を睨み付けていると、突然、思い出したように弾んだ声を上げた。
「あっそうだ! 光君の連絡先を教えてよ!」
「えっ……、や……です」
想定外の言葉に、戸惑いが隠せなかった。小学生の詩織を誘拐して、熱くなった下半身を擦り付けながら俺の首を締めて、なんでそんな純粋な笑顔でいられるんだろう。
「そんなこと言わないでよ〜。今度から会いに行く時には連絡をするからさ。光君もこんな呼び出しのされ方はもう嫌でしょ? 僕も大変なんだ」
俺から奪ったスマホをチラつかせながら新堂 琉為は口元をにやりと歪ませ、俺をゾッとさせた。
これが同じ人間なのだろうか。彼からは罪悪感なんて微塵も感じられない。
結局、俺は新堂 琉為に電話番号を教えるハメになった。今回のように誰かに危害が及ぶのなら、俺の電話番号くらい安いものだと思ったのだ。電話番号を手に入れた新堂 琉為は嬉しそうにその場でくるっと無邪気にターンをして俺を更に混乱させた。
「さて、と。残念だけど僕はもう行かないと! 次の仕事が大阪でね、新幹線の時間があるんだ。そこのお嬢ちゃんのことももっと聞きたかったけど……。まぁいいや!」
と言って詩織の方をちらっと見たが、すぐに目線を反らしてベッドの上に置いてあったキャリーケースを床に降ろす。
「有り難いことに大きな仕事が入ってね。しばらくは会いに来れないんだ。せっかく仲良くなれたのに寂しいなぁ」
新堂 琉為はマスクを付け、鏡で髪型をチェックしながらパーカーのフードを深く被る。
「僕は先に出るよ。悪いけどチェックアウトの手続き宜しくね! それじゃ、またね、光君。今度会った時こそ琉為って呼んでよね」
まだ体に力が入り切らない俺にひらひらと手を振って、新堂 琉為はキャリーケースを引きながら颯爽と部屋を出て行った。