8-8.タイムアップ
新堂 琉為は一切手を緩めることなく、苦しむ俺をうっとりとした表情で見つめながら喋り続ける。
「光君にだけ話すけどね、僕は演技にリアリティを出すためにいつも考えているんだ……。例えば、人を刺すときはどこが一番効率がいいんだろう? ここ、それともここ?」
俺の首を締めている手とは反対の手で、新堂 琉為は俺のみぞおちから臍の下まで、つつつと指を滑らせた。
「首を締める時は? 力はもっと強い方がいいのかなぁ。ねぇ、光君はどう思う?」
そう言いながら、新堂 琉為は更に壁に押し付けるようにして俺の首を締める手の力を強めた。
「ゔぐっ」
情けない声が出る。されるがままに下半身に籠もった欲望を擦り付けられる嫌悪感と恐怖。
「ふふっ、これって職業病だよね」
快楽に歪んだ表情、乱れた息遣い。今にも零れ落ちそうな花が見える。
あぁ、もう駄目だ……。
一人で勇んで乗り込んで、結局詩織を救えずにここで死ぬなら、尾方 翠の言う通りママを待つべきだった。
あと一歩のところまできたのに、視界が霞んでいく。
嫌だ、こんな風に殺されるなんて。死にたくない。なのに、新堂 琉為を振りほどこうと足掻こうとする力が抜けていく。
こんなことなら笠井さんとも尾方 翠とも、もっと仲良くなっておきたかった……。
ピピッ――、ピピッ――、ピピッ――
突如、鳴り出すアラーム音。
「あぁ、またタイムアップか……」
そう呟くと新堂 琉為は俺の首からパッと手を離し、俺は立っていられずにその場に崩れ落ちた。ホテルに備え付けのタイマーをセットしていたらしく、新堂 琉為がそれを止める間も俺は這いつくばったまま動けない。
「げほっ、うぇッ、げぇっ」
一気に酸素が流れ込んできて、頭がくらくらする。首を抑えて咳き込む。
た、助かった……。そう思った瞬間に、目の端に涙が滲む。
ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をする俺の正面にしゃがみ込こんで、新堂 琉為はあろうことか頭を優しく撫でてきた。
「ごめんね、光君。あぁ、どうしよう、そんなつもりじゃなかったんだ! ちょっと今やってる役が抜けきれてなかったみたいで……」
俺は力が抜けた体で出来る限り精一杯、新堂 琉為の手を振り払って拒絶した。整わない呼吸のまま、目尻を濡らしたまま、情けないままで新堂 琉為を睨みつける。
「そんな、の……う、そだ……。はぁっ、新堂さ、んは……」
自分の手が払い除けられるなんて考えもしなかったようで、新堂 琉為は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「もう、何人も……人を、殺してる……はずだ……!」
恐怖なのか怒りなのか、はたまた供給を閉ざされていた酸素が猛スピードで体中を駆け巡っているからか、今にも血管がはち切れそうだ。
必死に紡いだ俺の言葉に、新堂 琉為はふっと声を漏らすと、
「光君はそう思っているわけだ!」
そう言って大笑いを始めた。何がおかしい、面白いことがあるか。そんなに腹を抱えてゲラゲラと、笑い涙まで浮かべて。