8-7.君に会いたい
まるで待機をしていたかのように、扉はすぐに空いた。
「光君! 遅かったじゃないか!」
そう言って、子供のように無邪気な笑みを浮かべる新堂 琉為。
「さぁ、入って入って! 待ちくたびれたよ。僕も――彼女もね」
その不敵な微笑みに抗う術なく、俺は招かれるままに1218号室へ踏み入った。
新堂 琉為が一人が宿泊する為に予約したのであろうその部屋は、何故かツインルームだった。そのうちの片方、入口手前側のベッドには黒いキャリーケースが置いてあり、ベッドスローにはSNSの写真で見たものと同じロゴが入っている。
部屋にある丸いテーブルの上には詩織のホワイトボードにハンカチ、ヘアピン、眼鏡がきちんと並べてあった。
そして――
「しーちゃんっ……!」
部屋の奥側にあるベッドに、詩織が横たわっていた。
「遊び疲れて寝ちゃったんだよ」
ニコニコとした表情のまま、新堂 琉為は椅子の背もたれに体重を預けながら睡眠薬の包装シートを見せる。一錠分だけアルミ箔が破けていて、薬を押し出したことは明白だった。
「お前っ……! しーちゃんに何てものを飲ませたんだ!!」
カッとして壁を拳で殴る俺に、
「お前なんて嫌だなぁ。僕のことは琉為って呼んでって言ったのにぃ」
変わらぬ調子のまま新堂 琉為は不貞腐れたような表情を見せ、さらに俺を苛立たせた。
「小学生を誘拐までして、一体何がしたいんだよ……!」
「誘拐なんて物騒だなぁ〜。僕はお嬢ちゃんをこの部屋に招待しただけだよ? 一緒に光君が来るのを待っていたんだ」
畜生、そんな言い訳があるか。新堂 琉為の犯行を裏付ける証拠が欲しくて質問を投げつけてはいるが、のらりくらりと躱されてしまう。噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てる。
切羽詰まる俺と、ニヤニヤと楽しげな新堂 琉為、眠らされている詩織。部屋の中は異様な空気が漂っていた。
「僕はね、実は今日仕事が一本リスケになったから、光君に会いに行ったんだよ。でもさぁ、たまには光君の方から会いに来て欲しいなって思ったんだよね!」
新堂 琉為がそう言いながら近づいてきたので思わず後ずさる。
「こっ、こっち来んなよ! これ以上は近づかないで……」
それでも構わずにどんどん距離を縮めてきて、ついに俺は壁と新堂 琉為の間で文字通り板挟み状態になった。
まるで、あの日の夜のように、いとも容易く追いやられてしまう自分が不甲斐ない。
怖い。手が震えて心臓の鼓動が痛い。それでも新堂 琉為を睨みつける。すぐそこには詩織がいる。情けないままで居るわけにはいかない。
目の前には“殺人”と書かれた頬。めいいっぱい花弁を広げて顔面に咲き誇る花、花、花。
「会えて嬉しいよ、光君」
そう言って新堂 琉為は俺の頬をふわりと撫でた。