8-4.恐ろしいもの
ベッドの上で詩織が身に起きた出来事を思い出していると、
「あ、起きたんだ!」
と店の前で出会ったあの男が軽快な調子で声を掛けてきた。
ヒィッと小さな悲鳴を上げて怯える詩織を見て、男は腹を抱えながらゲラゲラ笑う。
「あっはは! そんなに怖がるなんて酷いなぁ〜!」
ひとしきり笑い声を上げた後、笑い涙を拭いながら
「そういえば、ちゃんと自己紹介していなかったね。僕は新堂 琉為! テレビには結構出てる方だと思うんだけど、僕のこと知ってるかな?」
と聞いてくる。詩織は何度も小さく首を左右に振った。
「へぇ、僕のことを知らないんだ。残念。まだまだ実力不足ってことだね。……で、君の名前は?」
詩織は後ずさり、ベッドの掛け布団をギュッと握る。答えたくなんてなかった
――でも、しおりが名まえをいわなかったら、いたいこと、されるかも……。
詩織は全身に力を込めて身構えたが、あっさりと新堂 琉為という男は引き下がった。
「うーん。言いたくないなら、まぁいいや。とりあえずお嬢ちゃんって呼ぶね」
そう言ってニヤニヤ笑っている男を見ながら、詩織は自分がホワイトボードを下げていないこと、それに眼鏡を掛けていないことに気が付く。
焦ってキョロキョロしだす詩織に、
「お嬢ちゃんの物、ちょっと借りたよ! 勝手にごめんね」
と言って新堂 琉為は机の上を指差す。そこにはホワイトボード、眼鏡、ハンカチ、ピンが行儀良く一列に並べられていた。
それを見て詩織はスカートのポケットの中に入れていたはずのハンカチがなくなっていることも、前髪を留めていたピンが外されていたことも知った。
「そうそう。お嬢ちゃんのこの眼鏡さぁ」
新堂 琉為が机の上の眼鏡を手にとって、自身の目に当てる。
「この眼鏡、伊達メガネだよね?」
どくん、と強く心臓が跳ねたように詩織の体が反応する。
「見た目は普通の眼鏡だから、オシャレで掛けてるってわけでもなさそうだし。何か理由があるのかな」
新堂 琉為はうーんと唸りながら腕を組む。詩織は口をパクパクさせたが、言葉が出てこなかった。
そんな詩織を片手で制しながら、
「あぁ、待って。考えるから。……人から見られたくない? いや、違うな。人を見てしまわないように? 何を見てるか悟られないようにするため……かな?」
そう言って、まるでクイズに答えるかのように「当たった?」と男は首を傾げた。
――なんでこの人、そんなことまで……。
確かにその眼鏡は伊達メガネだった。詩織の視力は眼鏡が必要なほど悪くない。
詩織のギフトが発現し、祖父の家から龍之助が連れ出してくれたばかりの頃。人の秘密が見えてしまうことが怖くて引き籠もっていた詩織に、少しでも盾になるよう龍之助がプレゼントしてくれたのがホワイトボードと伊達メガネだ。
別に知られたからといって、何てことのない小さな秘密だ。
それでも。
――そんなことまでわかるなんて、この人、きもちわるい……。
小さな糸口から土足で秘密を暴いてくる新堂 琉為に、ぞわっとした嫌悪感を抱いた。
早く、この場から離れたい。
「……おうち、かえりたい。きっと、みんなしんぱい、してる……」
どくんどくんと爆発しそうな心臓を抑えながら、詩織は初めて新堂 琉為に話しかけた。声が震える。口に出したら、みんなの顔が浮かんできて涙が出てくる。そんな詩織に、
「大丈夫! きっともうすぐお迎えが来るよ。もうすぐ、ね」
と新堂 琉為は言う。優しい声とは裏腹に、冷たい笑顔だった。