8-4.恐ろしいもの
目が覚めると、見慣れないベッドに寝ていた。
「ここは……」
上体を起こして辺りを見回すが、そこは知らない部屋だった。自分が寝ていた大きなベッドの横にはさらにもう一つ同じサイズのベッドがある。部屋にある大きな窓から見える景色が暗く、少し欠けた月が見える。それですっかり夜になっていることがわかった。
そういえば、と詩織は思い出す。
今日、小学校から帰って来たときの事だ。いつものようにお店のドアを開けようとした時に声を掛けられた。
「君は、このお店の子?」
知らない男の人の声にびっくりして、恐る恐る振り返った。
まず初めに見えたのは、ピカピカに磨かれた上品な茶色い靴。細身の黒いパンツ。徐々に下から目線を上げていくと目に入ったのは、誰も彼もがぶら下げているホワイトボード。
「……しちにん……ころ、し……」
無意識にそこまで声に出して、はっと口を抑えた。
――どうしよう。ひみつ、口にだしちゃった!
そしてふと考える。
――七人ころした。ころした……。ころしたって、人ごろしってこと……?
叔父の龍之助が言っていたことを思い出す。
「新堂 琉為の秘密は『人殺し』よ」
「もしもこれから先、恐ろしい秘密を持った人と出会ってしまったら、すぐに逃げること」
ゆっくりと、目線をさらに上へ。上へ。心臓がバクバクして、足がすくむ。叔父が言っていた恐ろしいものの正体はこれだと、すぐに詩織は理解した。
やっとその男の人の顔が見えた時、彼は天使のように微笑みながら詩織を見下ろしていた。
「こんにちは〜!」
そう言って、やぁ、とでも言うように手を上げる。
――この人、わらってるのに、なんだかこわい……!
ホワイトボードに書かれている文字を知っているからこそ、フレンドリーな仕草も明るい声色も詩織には不自然に見えた。
「何で僕が殺した人数を知ってるのかなぁー。おかしいなぁ」
楽しげにそう言って、ふふっと笑い声を漏らす男に背筋が凍る。
逃げなくては、と頭ではわかっているが、震える足が地面に張り付いてしまったかのように動かない。立っているので精一杯だ。心臓がドクンドクンと早く動いて、ちゃんと酸素が体に入って来ない。
「……りゅー……ちゃ、ん……た、すけ……て」
大声で叫んでいるつもりなのに、喉が詰まって上手く声が出せない。自分に向かって伸びてくる男の人の手。
――こわい……! やめて、こっちにこないで!
鼻と口に息が止まる程に強く押し付けられるハンカチ。
――たすけて、りゅーちゃん……! ひかるちゃん……!
そこからの記憶はない。