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ヴォルテナの求愛

【加筆修正あり】イジワル騎士が本気の求愛〜幼馴染がこんなに情熱的なんて聞いてません!〜

作者: 小鳥遊 ひなた

現在連載中の『ヘタレ領主とへっぽこヒーラーの恋』が(今のところ)あまりに恋愛要素が少ないので、「ただただイチャつくだけの話が書きたい!」という一心で生み出されました笑

時代背景とか諸々は結構適当な部分も多いので、広い心でお楽しみください笑


(本当はもっとイチャコラさせたい…)



——————————————————


2022.2.28追記


予想外に多くの方に閲覧いただきまして、本当に感謝感謝です!

おかげさまで、総合日間ランキングにランクインさせていただきました…!(感謝)


見切り発車も良いところな感じで、思いつきとノリで書き上げたので、まさかこんな竹槍一本の状態でランキングに入るなんて思いもせず…^^;

さすがにちょっとアレだと思いましたので、少々加筆・修正を加えさせていただきました。

初稿段階では書ききらなかった後日談もございますので、よろしければぜひ併せてお楽しみください!





「———私と婚約破棄しなさい、ランス!」





高らかにそう宣言した私———レティーシャに対し、目の前の男は胡乱な目を向けた。

男の名前はランスロット・オーウェン。オーウェン侯爵家の三男坊で、レティーシャの幼馴染だ。


ハウエル子爵家の長女であるレティーシャとは、普通であれば全く縁がない筈の人物。

しかし父親同士が学友で、しかも領地が隣り合わせであることから、二人は幼い頃から兄妹同然に育っていた。

親同士が勝手に決めた、口約束としてだけの婚約。


それでもその婚約は、両家の間では暗黙の了解として扱われていた。

二人の仲がそう悪くなかったというのもあるし、ランスロットが三男坊であるということも大きかったのだろう。

そのままでは受け継ぐ爵位がなかったからこれで良かったと、17歳のランスロットがレティーシャにそう零していた。


確かに、当時のままであればそれで良かったのかもしれない。

ランスロットが子爵家に入り、爵位を受け継ぐ。

そのための婚約だと信じていたし、ランスロットもまたその心算でいた筈だ。

幼い頃は一緒に遊んでいたし、学園に通うようになってしまってからも、休みのたびにこちらに帰省しては、買い物やピクニックに付き合ってくれた。

文句ばかり言いつつなんだかんだと共にいる時間を増やしてくれたのは、これから家族になるのだから良い関係性を保つ努力だったのだろう。


このままランスロットと夫婦になり、温かな家庭を築く。

そう信じていた婚約はしかし、ランスロットの予想外の出世によって大きく事情を変えてしまった。




18歳で国立学園を卒業したランスロットは、そのまま騎士となるべく国の騎士団に入団した。

当時、まだレティーシャが13歳の頃の話だ。

レティーシャとしては、学園で寮生活をしていた彼が、そのまま場所を騎士団の寮に変えるだけだと、そう思っていた。

しかし騎士団での生活は、レティーシャが想像していたよりもずっと忙しいらしい。

学園にいた頃は少なくとも二週間に一度は会えていたのに、それが一ヶ月に一度に減り、三ヶ月に一度、半年に一度と頻度を少なくしていくにつれ、寂しさを胸に抱えながら日々を過ごしていた。




『ランスロットは、騎士団内でかなり有力視されているらしい』




そんな噂を耳にするたび、心がざわざわと騒いでいたのを、レティーシャはよく覚えている。

それはもしかしたら、いつかこんな日が来ることが、なんとなく予感できていたからなのかもしれない。







レティーシャが18歳を迎える直前、事態は大きく動いた。

ランスロットが、第二王子率いる騎士団として向かった魔物の巣内で、大きなドラゴンを打ち倒したという知らせが入ったのだ。

そのドラゴンは、近隣の街を脅かしていた魔物のボスのような存在で、レティーシャがいた学園内でも大きな話題となった。

そこで、レティーシャとの仲が取り沙汰されたことは言うまでもない。




『オーウェン侯爵家の三男に、ハウエル子爵家令嬢が結婚を迫っているらしい』

『爵位がないことを盾に、脅しているらしい』

『ランスロット様は、嫌々この話を受け入れているらしい』

『ランスロット様を救うために、コーンウォール公爵家が動いているらしい』

『なんてひどい令嬢だ』

『ランスロット様がお可哀想』




全て根も葉もない噂だが、レティーシャにとっては致命的だった。

それまで仲良くしていたはずの令嬢たちも、潮が引いていくように一斉に、レティーシャと距離を置くようになったのだ。

特に、コーンウォール家の名が出てきたことが大きかった。

ただの子爵家令嬢と、王族の縁戚であるコーンウォール家。

どちらにつくか、など、比べるべくもなかった。



そしてとうとう、その日が来てしまった。




「………レティーシャ・ハウエルさん?」




学園内で呼び出された相手は、まさに噂の渦中の人物であるコーンウォール公爵家令嬢・ソフィア嬢だった。

後ろには、何人もの取り巻きが控えてこちらを睨みつけていたが、当のソフィア嬢はゆったりと優雅に微笑んでいる。

同性であるレティーシャから見ても、ソフィア嬢はひどく可愛らしい女性だ。

輝くようなピンクブロンドの髪は、ふわふわと空気をはらんでゆるくカールしながら腰まで伸びている。

蜂蜜を溶かし込んだように甘く輝く瞳は、びっくりするほど大きかった。

手足はすらりと伸び、きゅっとしまった腰とこぼれるような胸は魅力的で、うっとりするほど甘い香水が風に乗って鼻をくすぐる。

レティーシャと同学年の彼女もまた、まだ社交界デビューは果たしていないものの、間違いなく社交界の華として引く手あまたになる筈だと今から噂されている女性だった。


そんなソフィアを前に、レティーシャは深く腰を折る。




「………私をお呼びだと伺いましたので、参上いたしました」

「そう、なんの用事だかは知っておいで?」

「いえ、とにかくこちらに伺うようにとだけ」




楽しそうな声音で話すソフィアに顔を上げることもできず、レティーシャは次の言葉を待つ。

次に聞こえたのは、先ほどとは打って変わった、低く地を這う、威圧的な声。




「あなた、ランスロット様と幼馴染なのだそうね。正式に届出はしていないけれど、婚約されているんですって?」

「………親同士の、他愛もない口約束にございます」

「そうなの。あなたの気持ちはないということ?」

「………私は、貴族としての務めを果たすのみです」




腰を折ったまま、細い声でレティーシャは言葉を紡ぐ。

ランスロットは、幼馴染だ。兄と慕っている、とても大切な人だ。

その筈なのに、どうしてソフィアの言葉に、嫌な汗が背筋を伝うのだろう。


そんなレティーシャの様子に気づいているのか否か、ソフィアはぱちん!と手を打ち鳴らし、心底嬉しそうにこう言った。



「そうなの!それなら良かったわ。実は、私とランスロット様との婚約の話が出ているの」

「っ………!」

「だからあなた、早くランスロット様との婚約を解消してね」




思わず顔を上げてしまったレティーシャの目に映るのは、華やかな笑みをこちらに向けるソフィアと、冷たい目でこちらを見下ろす取り巻きたちの姿。

ただの子爵令嬢であるレティーシャには、なんの反論もできなかった。





——————————————————






そんな経緯があるとわかっているのかいないのか。

突然の婚約破棄を突きつけたレティーシャに対し、ランスロットは青空を溶かし込んだようなスカイブルーの瞳をこちらに向け、真意を図るかのようにじっとこちらを窺っていた。


一年ぶりに姿を見たランスロットは、もう昔の面影などほとんど見当たらない。

すらりとしていた細身の身体にはしっかりとした筋肉がつき、手には剣だこや傷跡が増えた。

5歳も年上のランスロットは元々小柄なレティーシャより背が高かったが、腕も胴体も太くなり、目の前に立たれるとまるで壁のようにも思えてしまう。

変わらないのは、昔から大好きだった空色の瞳と、短く刈り込まれたプラチナブロンドの髪色くらいだ。

幼い頃から跳ねっ返りだったレティーシャにも、彼は呆れることなくそばにいて笑顔を見せてくれていたが、思春期が訪れるとそんな表情は鳴りを潜め、今となっては見ることも叶わない。

今だって、突拍子もないことを言い出したレティーシャを胡乱な目で見やるだけだ。



「………突然何の話だ、レティ。それが、討伐から帰ってきた幼馴染にかける言葉か?」

「だ、だから言ってるでしょう?私との婚約破棄を………」

「なんで?」



大きくため息を吐いて、まるで我が家であるかのようにソファーに腰掛ける。

ここはうちのタウンハウスなのに……と思いながら、仕方なくレティーシャも向かいのソファーに腰を下ろした。

使用人たちが手早くお茶の用意を整え、部屋の隅に控えたのを確認して、レティーシャは渋々口を開く。




「ランスはもう、ただの侯爵家三男じゃないでしょう?第二王子からの覚えもめでたいと聞くし、他の令嬢に目を向けても良いと思うわ」

「………他の令嬢?」

「そうよ。私とはただの幼馴染だし、恋仲でもない。……わざわざ爵位目当てに私なんかと結婚しなくたって、ランスが本当に好きになれる人と一緒になるのが良いと思うの」




言いながら、自分の言葉になぜか気持ちが沈んでいくのを感じる。



(なんで私、こんなに落ち込んでるんだろう)



なぜかランスロットの方を見ていられなくなって視線を落とすと、また一つ、ランスロットが大きなため息を吐いた。



「………わかった」

「えっ?」

「俺が本当に好きな奴を見つければ良いんだろう?」

「そう、だけど………」

「話はそれだけか?じゃあ、俺はもう行く」



そういって出された紅茶を飲み干すと、ランスロットが立ち上がる。



「えっ、ちょ……、待ってよランス!」



あまりにあっけなく話を了承されたことに慌てて、レティーシャも釣られて立ち上がった。

そのまま玄関を出て行こうとするランスロットの後を足早に追いかけていると、突然ランスロットがこちらを振り返る。



「そうだ、レティ」

「な、何よ?」

「お前の言う通りにしてやるから、お前も一つ、俺の言うこと聞けよ」

「は!?なによそれ、聞いてない!」

「今言ったから。あと、今度王城で凱旋祝いのパーティーがあるから、お前も絶対出席しろ」

「無理よ、私はまだデビューもしてないし……!」

「お前の両親にはもう話を通してある。そのパーティーがお前のデビュー日になるからな」

「ちょ、勝手なことばっかり……!」

「それはお互い様。じゃーな、レティ」





そう言ってヒラヒラと手を振って去っていく後ろ姿を、レティーシャはぽかんとしたまま見送る。

労いの言葉の一つもかけられなかったことに気づいたのは、しばらくその場から動けなかったレティーシャに、おずおずと使用人が声をかけた後だった。








——————————————————






(ああもう、気が重い………)





がたごとと馬車に揺られながら、レティーシャはもう何度目かもわからないため息を吐いた。

その様子を、苦笑いを浮かべながらレティーシャの両親が眺めている。



「もう、レティったら。そんなにため息ばかり吐いていたら、幸せが逃げちゃうわよ?」

「お母様………」

「そうだぞ、レティ。今日はランスロットの凱旋祝いパーティーだろう。私たちも鼻が高い」



ははは、と呑気に笑っている両親に、レティーシャは何も言い返せない。

レティーシャはまだ、ランスロットとの婚約破棄の件を両親に伝えられずにいたのだ。

しかも今日は、あのソフィア嬢もパーティーに出席すると聞く。

あの様子なら、きっとソフィア嬢はランスロットから離れないに違いない。

そうでなくても、今や英雄扱いされているランスロットに、レティーシャごときが近づける訳がないのだ。

そうは言っても、王家の名前で家族全員招待されてしまえば、一介の子爵家であるハウエル家が出席を拒否することなどできない。



「……レティ。今日はあなたも主役の一人よ。一度しかない社交界デビューの日なんだから、楽しみなさい」

「………でも、私は……」

「ほら二人とも。着いたぞ」




考えれば考えるほど気分が落ち込んでしまうレティーシャの思いとは裏腹に、とうとう馬車は王城に到着してしまった。

この日のためにと、両親が張り切って用意したスカイブルーのドレスも、今となっては滑稽なだけだ。

おそらく二人は、今日ランスロットが正式に婚約発表してくれるのだろうと思っているに違いない。

そんなことはあり得ないのに。



(これじゃ、きっと今日は笑い者にされるだけね)



苦々しい思いを抱えながら、レティーシャは馬車から降り立った。








一家揃ってパーティー会場に向かうと、そこはもう人で溢れかえっている。

奇しくも今日が社交界デビューとなるレティーシャは、もうその雰囲気に圧倒されてしまっていた。

豪華絢爛、としか言えないその場に、息をするのも忘れたように立ち尽くす。

しかし、そんな夢見心地の気分も一瞬で遠のいてしまったのは、周囲からこちらに向けられる視線に気づいてしまったからだ。


学園で向けられていたのと同じ、好奇と侮蔑の混じった視線。

今日初めて社交界という場に足を踏み入れたレティーシャが知らなかっただけで、きっと両親たちもずっと、この視線にさらされてきたのだろう。

それでもレティーシャの前を行く両親は、しっかりと背筋を伸ばして周囲に微笑みを浮かべるだけの余裕さえ見せつけた。

それはきっと全て、デビューを迎えるレティーシャのために。

だからこそレティーシャも、深く息を吐いてすっと視線を上げると、背筋を伸ばして両親の後をついていった。



ひとまず両親と共に会場の隅のほうに陣取って周囲を眺めていると、それまで針の筵のようだった空気がすっと引いた。

なんだろうと顔を向けると、そこには———。




「あら、レティーシャ嬢。御機嫌よう」




にっこりと笑って佇む、ソフィア嬢と父親であるコーンウォール公爵が立っていた。

両親と共に、慌てて深く腰を折る。

直前に視界に捉えた彼女のドレスは……目の覚めるような、スカイブルーのドレスだった。



(ランスの色だわ………)



「レティーシャ嬢、奇遇ですのね。同じ色のドレスだなんて」

「………っ!」

「ふふ、私も今日がデビューの日ですのよ。お父様が、婚約発表があるんだからって無理やり」

「………そう、ですか………」

「ええ、彼の色のドレスを着るって、こんなに嬉しいことですのね。もう楽しみで仕方がなくて」

「ソフィー。はしゃぎすぎているよ、控えなさい」



上機嫌な様子のソフィアに、コーンウォール公爵の低い声がかけられた。

決して大きい声ではなかった筈なのに、それだけでしんと空気が冷えた気がした。




「君がレティーシャ嬢か。娘からよく話を聞いているよ」

「………お初にお目にかかります。ハウエル子爵長女、レティーシャと申します」

「なんでも、かの英雄と懇意にしているとか」




穏やかな声音である筈なのに、背筋が凍る思いがする。

震えそうになるのを懸命に堪えて腹筋に力を込め、なんとか声を絞り出した。




「………彼とは、幼馴染ですわ」

「ふむ、『幼馴染』か。………では、これからは娘ともよく会う(・・・・・・・)ことになるだろう。仲良くしてやってくれ」

「そ、れは、どういう………」




含みのある言葉に頭を上げそうになったそのとき。

また空気が変わったのを感じて顔を上げると、壇上に国王夫妻と第二王子の姿が見えた。

そちらに向かい、今度はコーンウォール公爵、ソフィア嬢も優雅に腰を折る。

荘厳な雰囲気の中、静かに国王陛下が口を開いた。




「………皆の者、よく来てくれた。今日は、第二王子率いる騎士団の成果を祝う場である。彼らの勇気ある行動により、我らは今の平和を享受できていることを、ゆめゆめ忘れてはならん。彼らを労い、良き時間を過ごしてくれることを切に願う」



そう言うと、国王陛下が第二王子に向かって目配せをする。

視線を受けた王子が小さく頷くと、一歩前に出た。




「まずは、我が率いた中で最も大きな功績を上げたものを紹介したい。皆の者、顔を上げてくれ。………さあ、ランス。こちらへ」




第二王子の言葉に姿勢を戻すと、第二王子の横にはランスロットの姿が見えた。

普段は無造作にかきあげているだけのプラチナブロンドの髪がきちんと整えられ、正式な騎士団の制服に身を包んでいる。

日頃から長身であることはわかっていたけれど、令嬢たちから人気の高い第二王子と並んでも全く見劣りしないその姿に、周囲から感嘆の息が漏れたのがわかった。

そのまま膝を折り、忠誠の姿勢を取るランスロットに、第二王子が満足げに笑みを浮かべる。




「さて、ランスロットよ。今回お前は、十分すぎる功績を上げた」

「勿体ないお言葉でございます」

「そこで、だ。お前には一つ、王家から褒美を取らせたいと思う。何か望みはあるか?」




何が面白いのか、愉快そうに笑みを浮かべて訊ねる第二王子に、ランスロットが視線を上げた。




「望みは、どんなものでも良いのでしょうか」

「良い。父上からも、許可はいただいている」

「であれば……私の婚約を、今この場で了承していただいてもよろしいでしょうか」



ランスロットの言葉に、会場がざわめいた。

そしてその視線は、自然とコーンウォール公爵とソフィア嬢に集められる。

その視線を当然のように受け止めた二人は、誇らしげに胸を張っていた。


すぐ横でその様子を見ながら、レティーシャは惨めな思いで手にしている扇子を握りしめる。

今すぐにこの場から逃げ出したい衝動を抑えながら、レティーシャはプライドだけでその場に踏みとどまっていた。

今のこの姿を、ランスロットにだけは見られたくない。

そんな思いで母の後ろに身を隠そうとしたが、母はそれを許さず、レティーシャの背中にそっと手を添えた。



「………大丈夫よ、レティ。あなたはただ、胸を張っていなさい」

「………お母様……?」




そうしてにっこりと笑う母に、その真意を問おうと振り向く。

しかし、その後のランスロットの言葉によって、その後の言葉を声にすることはできなかった。




「ほう、婚約。良いだろう、その幸運な令嬢の名は?」


「………レティーシャ・ハウエル子爵令嬢です」







「………………………え………?」








突然出てきた自分の名前に、理解が追いつかない。

しかし、目を見開いて固まってしまったレティーシャの元にゆっくりとランスロットが歩を進めてきた。

波が引くように、レティーシャとランスロットの間にいた貴族たちが身をひいていく。

ハッと気づいて周囲に視線をやったときには、すでにレティーシャの両親たちもその波と一緒に控えてしまっていた。

狼狽まくっているレティーシャに向かってニヤリと笑ってみせると、目の前まできたランスロットは膝を折る。




「レティ。レティーシャ・ハウエル嬢。俺と、正式に婚約してほしい」




そう言ってレティーシャの手を取り、甲にそっと口付ける。

そんな甘やかな触れ合いなど、これまでしたことがなかったのに。

手の甲に落とされた唇の熱さなんて想像もしていなくて、それだけでレティーシャの頬は真っ赤に染まってしまった。

はくはくと口を開閉させ、二の句が継げないでいるレティーシャを見上げて、ランスロットがぎゅっとレティーシャの手を握りしめる。



周囲の誰もが固唾を飲んで見守る中、沈黙を破ったのはレティーシャでもランスロットでもなく、鈴を転がすようだと評されるソフィアの醜い声だった。




「………待ちなさい!これは何かの間違いよ!ランスロット様!!」

「………ああ、ソフィア嬢。あなたもいらっしゃっていたのか」

「当然よ!私は、ランスロット様のためにこの場に………!」

()()()()?」

「そうよ!今日は、私とあなたの婚約発表の場でしょう?」




つかつかと歩み寄ってくると、レティーシャを突き飛ばしてランスロットに取り縋る。

しかし、そんなソフィア嬢を一瞥したランスロットは、伸ばされたソフィアの手を無遠慮に振り払うと、尻餅をついていたレティーシャの元にやってきた。

そのまま脇と膝下に腕を差し込み、ひょいっと抱え上げる。

突然視界が上がったことに驚いたレティーシャがランスロットの首にぎゅっとしがみつくと、久々に耳にする低い笑い声と共に、頬を擦り寄せられた。




「ソフィア嬢。申し訳ないが、貴女との婚約の話は以前もきちんとお断りした筈だ。私には、すでに心に決めた人がいると」

「………っ!」

「それに、この婚約は彼女が了承してくれさえすれば、これは『陛下がお認めくださった婚約』ということになる。ソフィア嬢は、その決定を覆せるとでも?」




その言葉に、ソフィアがぎゅっと拳を握り締め、ランスロットの腕に抱えられたレティーシャを睨みつける。

憎悪が隠せないその視線から隠すように、ランスロットはぐっとその腕に力を込めた。




「………立ちなさい、ソフィー。行くぞ」

「で、でも!お父様!」

「これ以上私に恥をかかせるな」

「………っ、申し訳ありません、お父様」

「………後悔しても遅いぞ、若造」

「ここで彼女を諦めれば、それこそ後悔だらけの人生になります、コーンウォール卿」



ぐっと睨みつけてくるコーンウォール公爵に、ランスロットも挑むような視線を向ける。

そのまま背を向けてその場を去った二人が見えなくなるまで、その目を離すことはなかった。

ようやく姿が見えなくなったところで、話の展開に全くついていけていないレティーシャの顔を覗き込み、ランスロットが視線を合わせてくる。

いつも皮肉げで自信たっぷりの空色の瞳が、少しだけ不安そうに揺れた。




「………それで、返事は?レティ」

「ちょ、ちょっと待ってランス!あなたこないだ、『本当に好きな奴を見つける』って………!」

「そう、だから見つけた」

「はあ!?だったら、私なんかに構ってないで」

「お前だよ、レティ」

「な、何を………」

「だから……察しろよ、お前が好きだって言ってんの」




目元をほんのりと赤らめ、声を顰めて耳元で囁くその言葉に、今度こそレティーシャは顔を両手で覆ってしまった。

その手の上から軽く音を立ててキスを贈ると、くるりと第二王子の方を振り返る。




「王子、場を騒がせてしまい申し訳ありませんでした。彼女も少し混乱しているようです。本日は、このまま退席させていただいてよろしいでしょうか」

「それは構わぬが…褒美の件はどうする?」

「問題ありません。この後首を縦に振ってもらえるまで、口説きますので」

「っはは!では、良い返事をもらい次第、国王陛下の名で了承の手続きを進めることにしよう」

「ありがたき幸せ」

「良い。もう行け。こちらが砂を吐きそうだ」




そう言って顔を顰め、追い払うような仕草を見せた王子と国王夫妻に深く一礼すると、そのままランスロットはレティーシャを連れて、その場を後にしたのだった。




「………あの鉄面皮が、あんな甘いセリフを吐くとは」

「はは、お前が気に入るだけのことはある。情熱的で良いではないか」

「やめてください、父上。あれと同類にされては困ります」

「しかし、良かったのか?マリアよ。ソフィーはお主の姪にあたる娘だろうに」

「良いのですよ、陛下。ソフィーは兄に甘やかされすぎました。それに、あんなに誠実で一途な想いを阻む方が、野暮ってものですわ」

「父上、ここは母上に頑張ってもらいましょう」

「そうだな、彼らを守ってやっておくれ。マリア」

「分かっておりますわ、陛下」







——————————————————






「………最低。最悪。もう二度とパーティーなんて出ない………」

「それは困る。少なくとも婚約パーティーと結婚式には出てもらう」

「〜〜〜〜っ!だから!まだ何も了承してないって言ってるでしょ!!!」




帰路に着く馬車の中、相変わらずランスロットの膝の上から下ろしてもらえないレティーシャが、ぼかぼかと目の前の胸板を殴りつける。

しかし、記憶していたよりも圧倒的に鍛え上げられたその体躯には、なんのダメージにもなっていないようだ。

未だ冷めやらぬ熱を持った頬を押さえながら見上げると、珍しく上機嫌のランスロットがニヤニヤしながらこちらを見下ろしてきた。




「観念しろって。お前の言う通りにした結果だろ。今度は、お前が約束を果たす番だ」

「え?私なにも約束なんて………」

「しただろ。『お前も一つ、俺の言うこと聞けよ』って言った」

「………あ」




そう言ってレティーシャの手をとったランスロットが、握っていた拳をゆるゆると親指で撫でて開かせる。

そのまま手のひらに口付けられてしまったら、やっと収まってきた鼓動が再び胸を強く打ち始めた。





「ちょ、ちょっとランス………っ」

「………愛してる、レティ」

「〜〜〜〜っ!」

「小さい頃から、ずっと。俺はお前のことが好きだった。お前は俺のこと、ただの幼馴染だと思ってたんだろうけど、俺は違う。ずっとずっと、こういうことがしたかった」





手を取られたまま抱き寄せられ、ぴくりと小さく肩が跳ねた。

剥き出しになっている肩に唇が軽く触れて、音を立てて口付けられる。





「そ、んなこと、今まで一言も……」

「……そりゃそうだろ。これまで、俺はただの『侯爵家の三男坊』だ」




肩に頭を乗せたままこちらを見上げるランスロットは、苦々しい笑みを浮かべていた。

言葉の真意がわからず首を傾げるレティーシャの耳元に手を滑らせると、今度はそのまま反対の耳たぶに唇が触れる。




「……お前にふさわしい男になって、ちゃんとプロポーズしたかったってこと。まあ、ぐずぐずしてたから変な女に絡まれたけど……」




唇が触れるたびに小さく身体を震わせるレティーシャがおかしくなってきたのか、ランスロットは飽きもせずに何度も首筋に口付ける。

話に集中したいのに、くすぐったさと恥ずかしさで頭の中が沸騰してしまいそうだ。




「なあ……本当はお前も、ずっと好きでいてくれただろ………?」




空色の瞳が、じっとこちらを見つめている。

そうして言われた「好き」の言葉が、そのときすとん、と胸に落ちた。




(私が、ランスを、『好き』………?)




そう、きっと彼の言う通り、ずっとずっと好きだったのだ。

無邪気に二人で遊んでいたときも、彼が学園に行ってしまって寂しかったときも、ソフィアに婚約破棄を迫られたときも。

でなければ、会場で婚約の話が出たとき、あんなに胸が苦しくなったりしなかった。


不安げにじっとこちらの答えを待つランスロットに、こくりと小さく頷く。

すると、そのまま俯いていた顎を取られ、上向かされて口付けられた。




「んぅ………っ」





ただ唇を触れ合わせているだけなのに、そこからじんじんと感じたことのない熱が生まれている気がする。

そのまま唇を離されたかと思うと、顔中に音を立ててキスの雨が降らされて、タウンハウスに帰る頃には完全に腰が抜けてしまっていた。






「レティ、愛してるよ」






そう言って満足げに笑ったランスロットは、幼い頃に見たのと変わらない満面の笑顔を浮かべていた。








——————————————————






さて、そんなこんなでランスロットに丸め込まれてしまった後日。

レティーシャは、このパーティーでの婚約騒動が完全に仕組まれていたことを知った。



まず、当日レティーシャに用意されていたドレス。

あれは両親が用意したものではなく、ランスロットが用意してくれていたものだったらしい。

しかもその話をする際、ランスロットから両親には、あらかじめパーティーの中で正式な婚約発表をすることを伝えていたというのだ。

道理で、両親があそこまで自信満々にあの場に立っていた訳だ。

今更ながら、何も知らされていなかったことにレティーシャは怒りを通り越して呆れてしまった。




また、なんと第二王子にもこの婚約のことは伝わっていたらしい。

本当はここまで大袈裟なものにするつもりはなかったようだが、コーンウォール家からのゴリ押しに耐えきれなくなったオーウェン家が、第二王子を頼ったことで、あんな大騒ぎに発展してしまったようだ。

派手で悪戯好きな王子らしいと、ランスロットは後にレティーシャにそう語ったという。




正式に婚約発表が行われてから、レティーシャの周辺も大きく空気を変えた。

相変わらずソフィア嬢とその取り巻きからは睨まれているが、『第二王子からの信頼厚い英雄の婚約者』ということで、少しずつ交友関係は元に戻りつつある。

とはいえ、やはり一度築いた信頼関係を完全に回復することは難しいが…お互い貴族のしがらみがあるということで、少しずつ飲み込んでいくつもりだ。



ランスロットも、大きな討伐が終わったからということで一ヶ月ほど休暇をもらっているということで、久々に昔のように、ほぼ毎日レティーシャの元を訪れるようになっていた。

あれだけ会わない期間があったのに嘘のようだと呟くと、バツが悪そうにランスロットはこう言った。




「……あれはまあ、仕方なかったんだよな……」

「仕方なかったって、騎士団のお仕事が忙しかったってこと?」

「いや、そうじゃなくて……」

「?違うの?」

「うーん……」




歯切れが悪いランスロットを覗き込むように見上げると、ランスロットは口元を覆うように手を当て、そっぽを向く。

少し目元が赤らんでいるのが可愛くてニヤニヤしながら見ていると、急に身体を抱え上げられ、気づけば彼の膝の上に乗せられていた。

そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられるので、びっくりするやら恥ずかしいやらで、つい逃げ腰になってしまう。




「ちょ、何すんのランス……!」

「……ったから」

「へ?」

「〜〜〜っ!だから!お前が可愛すぎるのが悪いっつってんの!分かれよ!」




ぐりぐりとお腹に頭を押し付けれるように叫ばれて、思考がフリーズする。

一体何を言っているんだろうと目を丸くしていると、黙っているレティーシャに焦れたように、ランスロットの口から驚くべき事実が飛び出した。



「……なんか途中からお前いい匂いするようになってくるし、身体つきもエロいし、近くにいたら襲いたくなるから離れてたっていうか…」

「え、ちょ、何言って……」

「今も実はすごい我慢してる。ずっとキスしてたいし離れたくないし誰かに見せるのも本当は無理」

「ちょ……だからランス……!」

「……お前に婚約破棄だって言われたとき、死ぬかと思った」




ぐっと腕の力が増したのを感じて、それまで抵抗していた腕の力が抜ける。

最後の言葉に胸が苦しくなって、力を抜いて手を伸ばすと、そのままぐるっと視界が反転した。

背中にソファの感触がして、自分が仰向けにされていると気づく。

そのままスカイブルーの瞳がこちらに近づいてくるから、思わずぎゅっと目を閉じると、額に音を立てて口付けられた。




「……ま、もう絶対離さないけどな。覚悟しとけよ」

「……ランス…」

「早く俺のこと、好きになって。俺がお前を愛してんのと同じくらい」





そう言って自信たっぷりに笑うランスロットは、初めて馬車の中で思いを告げてくれたときと同じように幸せそうで。

そのままレティーシャの唇を奪おうとする幼馴染を、両手を広げて迎え入れたのだった。








最後までお読みいただき、ありがとうございました!


書いてて結構楽しかったので、もしかしたら短編シリーズものとして続きを投下していくかもしれません。

時間さえあれば…!!(切実)


——————————————————

※2022.2.28追記

結構こちらのお話、いろんな人に読んでいただけて嬉しかったので、

短編シリーズとして正式に書いていく方向で検討しています。

できれば毎週末日曜に投下していければいいなーと思ってますので、

もし興味がございましたらブクマ&お気に入り登録などもよろしくお願いしますm(_ _)m

——————————————————


この後、現在連載中の『ヘタレ領主とへっぽこヒーラーの恋』も更新予定です。

よろしければそちらも合わせてお楽しみください^^


また、もし少しでも楽しんでいただけたのであれば、是非↓の⭐︎をポチッとしてもらえると励みになりますm(_ _)m

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[一言] 侯爵家がレティーシャ殺しに来そうだけど王妃様が活躍したかな
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