S05.マリカの転生
---------- マリカの視点 ----------
「初めまして。
私はアイと申します。
ちょっとお時間を頂いてよろしいでしょうか?」
急に声をかけられる。
ここはどこだろう。
頭がハッキリしない。
とりあえず返事をした方がいいかな。
「えーと…。大丈夫ですよ。私は透子です。」
相手が名前だけ名乗ったので、私も名前のみ名乗る。
「はい。突然ですけどお願いがありまして。
ところで透子さんは今どういう状態か
お分かりになりますか?」
姿は見えない。
しかし、声は近くから聞こえてくる。
とても綺麗な声だ。
姿が見えないというか、私は目を開けてるのか?
感覚が無い。
アイさんの言葉の内容を考える。
私の今の状況って…。
私もよく分からない。
名前はスッと出てきたが、他のことが曖昧だ。
アイさんは静かに私の反応を待ってくれているみたいだ。
深く考える。
今の状況が分からないのだから、
直近の記憶を思い出すのが近道だろう。
そう。思い出してきた。
私は家のベットで寝ていたはず。
ああ、思い出した。
急に激しい胸の痛みを覚えて、
這うように起きて救急車を呼んだんだ。
その後のことが思い出せない。
「激しい胸の痛みで救急車を呼んだのは覚えています。
ですが、その後の記憶がありません。
それとアイさんの姿が見えないのですが、
どこにいらっしゃいます?」
「ありがとうございます。
私は透子さんのすぐ目の前にいます。
ですが、おっしゃる通り私の姿は見えないと思います。
激しい胸の痛みとおっしゃいましたが、
今こうして私と話をしているということは、
その後お亡くなりになったのだと思います。
ここは死後の世界と言われている様な場所になります。」
え?死後の世界って言った?
驚くべき話だが、あまり感情的になれない。
どこか客観的で、心が凪いでいる状態から変化しない。
冷静に考えられるのはいいが不思議な感じだ。
「ええと…。私が死んでいると言いました…よね?
ちょっと信じられないんですけど…。
幽霊に金縛りにされているって言われた方が
まだ信じられます。」
「はい。すぐに信じられるような話ではないと思います。
すぐに着きますので、
よろしければ私の家まで来て頂けませんか?
状況を理解して頂く助けになると思います。」
どうしよう。
手足を動かそうにも動かす感覚がない。
発狂しそうな状況のはずだけど、感情が動かない。
家に来てくれと言われても、
この状況で付いていくのはちょっと怖い。
だけどよく考えたら、このままアイさんが居なくなって
放置される方が怖くないか?
もう少しよく考えてみよう。
そもそもアイさんは何者なんだろう。
死後の世界と言っていたけど、
私が死んでいるとして、死神か?
だけどそういう感じじゃない。
なら天使か?
天使っぽくもないな…。
天使はもっと一方的なイメージがある。
例えば、いきなり「あなたは天に召されました」とか。
ストレートに伝えて来そうな気がする。
でも、それもイメージだよね。
誰も会ったことは無いだろうから。
アイさんが私にとても配慮してくれているのは分かる。
少なくとも悪い人ではなさそうだ。
すぐに着くと言っているし、ついて行ってもいいかな…。
しかし、私は動けない。
身体の感覚がまったくない。
ついて行くといっても、どうすればいいのかな?
「わかりました。ですけど…、
不思議な話ですが、動けないんです。」
「良かったぁ!ありがとうございます。
ちょっと失礼します。」
急にフワッとした持ち上げられるような感覚になる。
そして見えなかった目にピカッと閃光がはしる。
反射で目を閉じる感覚の後、ゆっくり目を開く。
教会のような建物が見える。
教会は直径500m程度の
一面芝生のような円形の庭の奥に建っている。
庭の真ん中に大きな魔法陣の様な模様が見える。
庭は空中に浮いている。
周囲は雲の無い空のような空間が広がっている。
現実味がまったくない。
そして私は美しく可愛い女の子に、
両手で胸に抱かれていた。
高度が下がり、庭に女の子が降り立つのがわかる。
右手が離れ、その手から輝く珠が発生する。
すると私はその珠に吸い込まれて行く。
意識が飛ぶギリギリで意識を取り戻す。
私は芝生の庭に立っていた。
身体がある。
手を見ると肌が若返っているのがわかる。
身体もとても軽い感じだ。
そして正面を見る。
薄い水色の長い髪に白いワンピースを着た、
とても綺麗な女の子がニコニコした笑顔で立っていた。
水の精霊です。
とか言われたら、信じてしまいそうな雰囲気だ。
この少女もまた現実味がまったくない。
ああ、この少女が言う様に、私は死んだんだな。
と、理解した。
「身体の調子はどうですか?
何かおかしなところはありますか?」
声も綺麗で安心させる雰囲気がある。
こうして姿を見ながら聞くと私も笑顔になっていく。
「ええ。まったく問題ありません。
ここが死後の世界というのも、よく分かりました。」
笑顔で言うような話ではないが仕方ない。
自然とそうなってしまったのだ。
「はい。
皆様ここに来ると、私の話を信じて下さるんです。
以前はあの場でお話ししていて、
信じて頂くのがとても大変でした。
そして、ここに連れて来て貰えれば
すぐに信じられましたよ。
と、言われて以来、まずはここに来て頂けないかと
お願いしているんです。」
なるほど。
百聞は一見に如かずというやつだね。
「確かに。私もそう思います。ところで…ですね。
アイさんは神様なんですよね?」
神様ですか?と聞くとか、
頭がおかしいと思うが仕方がない。
私以外にも何人も同じ体験をして
ここに来ているみたいだし。
若返っちゃってるし。
こんなことが出来るのは神様以外いないだろう。
「皆様そうおっしゃいますが、神様ではありません。
アイと名付けて頂いた、人格を持ったプログラムです。
もしかすると人工知能と言った方が
分かり易いかもしれません。
ですので、丁寧な言葉ではなく、
普通にお話しして下さって問題ありません。
フランクに話をして頂き、
親しみを持って頂けた方が私も嬉しいです。」
ニコニコした笑顔で私の方を見ている。
どうして私と会話するだけで、
こんなにも嬉しそうにしてくれるのだろう。
とてもではないが嘘を言っているとは思えない。
どういうことだ?人工知能って…。
アイさんを人が作ったってこと?イヤ。ないない。
でも、アイさんの言うことを否定するのもまた違う気がする。
とりあえずは保留にしよう。
この神聖な雰囲気は、決して軽く見ていい存在ではない
ということは確かなのだから。
それとフランクに話をしてほしいと言っているけど、
さすがにフランクに話するのはちょっと無理かな…。
でも、少しずつ普通に話をする様に心がけてみよう。
「ええと…とりあえずはわかりました。かな?
そういえば何か私にお願いがあるんでしたっけ?」
変な言葉遣いだ。
変でも少しずつ変える努力をしてみよう。
アイさんがそう望むのだから。
「はい。死後の世界というのは、
まだわかっていないことが多いです。
わかっているのは死後は魂となり、
いずれ消失するということまでです。
ですが、魂については
もう少しわかっていることがあります。
それぞれの方に各々の個性がありますが、
魂にはその方の個性とは関係のない部分も内在しています。
私はそれを前世から引き継がれているものだと考えています。
魂は消失しているのではなく生まれ変わっているのだと。
そして私のお願いというのは
生まれ変わりを私の作った世界でして頂けないか
ということです。
実際は生の延長に近いですが。
すぐに返事がほしいという訳ではありません。
この家で私と一緒に過ごし、
理解出来たと思ったところで、返事を頂ければ十分です。
ですので、まずは私と一緒にここで暮らしていだけませんか?
というお願いです。」
アイさんは微笑みを残しつつ真摯な目で私の方を見ている。
死後の世界か…。私の魂もいずれ消えるのか…。
そうすると、ちょっと寄り道するようなものだろうか。
私が損するようなことは無いと思う。
アイさんの世界に転生するかどうかは
まだ返事をしなくてもいいみたいだし。
目先の話はアイさんと一緒に
ここで暮らしてほしいって事か。
それだけなら全く問題はない。
それに私はもうこの少女のために
何かしてあげたいと思っている。
「いいですよ。こちらこそよろしくお願いします。」
アイさんは花が咲いたように綺麗な笑顔になった。
「嬉しいです!よろしくお願いします!」
アイさんは頭を下げて御礼をした後に
飛びあがって喜んでいた。
可愛すぎる…。
こうして私とアイさんの生活が始まった。