56.三種族の対立⑥女神像の秘密
今日もいつもより早く起きた。
二日連続で早く寝ることになったけど、
いっそのこと、これを習慣にしようかな。
そうすれば遠慮なく夜はマリカさんが好きなように出来るし、
朝早起きする分、僕だけでも出来ることは進められるから、
時間を有効に使えると思う。
今日はヒューズの方からヤルザに向けて道を造ろうかな。
方向さえ示しておけば、避難してきた人達に給料を出して
道の作成をお願いするのもいいよね。
朝ご飯の支度をするまでの二時間ほど、僕は道造りをする。
朝ご飯の時間が近くなったので、避難民の人達の家の方へ戻る。
朝ご飯は何にしようかな。
大人数だから簡単な料理がいいよね。
マリカさんはまだ寝ているから、
手の込んだ料理を大量に作るのはちょっと難しい。
鶏肉と卵で雑炊にしようかな。
薬味は別の大皿に用意しておいて、
後で自分で乗せてもらった方がいいね。
朝ご飯の支度をしていると次々と避難民の人達が起きてくる。
総司:「おはようございます。もうすぐ朝ご飯が出来ますからね。」
「いろいろとありがとうございます。」
「本当にいろいろと…。なんとお礼を言っていいやら。」
みんな恥かしそうに少し顔を赤くして挨拶してくる。
マリー:「おはようございます。いつ見てもすごいですね…。
私達もかなり魔法を使えるようになりましたが、
総司さんは別格ですね。」
総司:「アイさんに比べたら足元にも及びませんよ。」
マリーさんは少し赤くなった顔で僕の方をみている。
昨日の夜、マリカさんになった僕と何かあったのかな…。
マリカさんには自由に行動してほしいけど、
こういうところがちょっと心配になる。
マリカさんが悪いわけじゃないんだろうから仕方ないけど。
マリーさんに続いてみんなも起きてきた。
総司:「朝ご飯が出来ましたよ!みんな取りに来てください!」
昨夜と同様に器を作り、雑炊をよそって渡していく。
「ありがとうございます。」
「今日も美味しそうですね。」
「お姉ちゃんありがとう!」
「素敵な朝ですね。今日は良い事ありそうです。」
昨夜と違って、男女問わずモジモジと顔を赤くして僕を見てくる。
僕は努めていつも通り笑顔で対応する。
みんなに朝ご飯が行き渡ったので、僕も食べ始める。
簡単な料理だけど、さっぱりしていて美味しい。
今日はどうしようかな…。やらなきゃいけないことを整理しよう。
北の大陸では、ヤルザとヒューズ間の道造り。
あとはヒューズの町まで来たついでに
ソフィさんとデルさん達に会いに行くとか。
避難してきた人達は特に問題はないだろう。
三角大陸では、泰山の女神像を見に行くこと。
兎人族とまた会って、猫人族、犬人族の国王との会談の内容を
伝えること。
パッと思い付くのはこのくらいだ。
ソフィさんやデルさん達に会うと、三角大陸のことについて
手伝ってもうことになるかもしれない。
デルさん達には北の大陸の人間族、特にイルスの街と馴染み、
認知されるためにも、武術大会に向けて頑張って貰いたい。
だから今は会いに行かない方がいいと思う。
そうするとヤルザとヒューズ間の道造りと、
女神像を見てから兎人族との会談の流れの2つのどちらかになる。
道造りは避難民を速やかに受け入れるために重要になってくる。
イルスの街を経由することで、
直通の道が無くてもヒューズの町まで運ぶことは可能だけど、
住居の決まらない期間は不安だろう。
少しでも早くヒューズの町まで連れて来てあげたい。
実際に目の前で朝ご飯を食べている避難民の人達も
昨日とは別人のように安心した顔をしている。
昨日は親を経由して僕の料理を受け取っていた子供達も、
今日は1人でも直接僕のところに取りに来ている。
僕が信頼を得られたことと、
未来が少しは見通せる状況になれたからだと思う。
三角大陸については、兎人族、猫人族、犬人族の
それぞれの国王と会談したけど、
僕の方向性が三角大陸に住む人々の望みに叶うのか
少し疑問に思うようになった。
この世界には魔法がある。
その魔法によって、個々人の回復力は元の世界とは比較にならない。
戦争と言っていいほどの争いであっても死者がほとんど出ていない。
そもそも僕はまだ死者を見たことが無い。
手足を切り落とされても、時間はかかるが完治することも可能だ。
争うことで生まれる勝者と敗者。
そして勝者の驕り、特に敗者の恨みは
次の争いをより激しいものにする。
だけど、そういった強い感情は猫人族と犬人族には
あまり感じられなかった。
驕っていた人達は勝敗に関わらず、元々そういう人柄だと思う。
少なくとも争いによってそうなっている感じには見えなかった。
その他にも、疲労もまた魔法により軽減出来るため、
労働や行動することに対する忌避感も薄い。
僕も疲労を感じたなら、ここまでいろいろなことをしようとは
思わないだろう。
ゲームのように、コントローラーの操作だけで無限に走ったり、
繰り返し作業や戦闘を行えるキャラクターが、
現実の自分になっているようなところがある。
そういった状況からか、労働と対価の関係がとても軽い。
労働というコストが軽い分、
対価が軽くても不満に感じにくい気がする。
労働や行動に対する忌避感が薄い分、軽い気持ちでそれを行える。
結果的に苦に感じることが少なく、生産性が高い状況になる。
反面、日々に不満を感じにくい分、
改善する意欲が沸きにくいようにも感じる。
争うことで、相手に勝利するために改善しようとする意欲が
生まれるのは、この世界ではより貴重なものなのかもしれない。
変な言い方だけど、正しく争う状況こそが一番にも思える。
そう考えると、僕はどうしたいのか、
どうしたらいいのかが、とても難しくなってくる。
正しく争うってなんだろう?
自由競争?規制、統制などの無い平等な経済活動のことだと
思うけど、もっと広い意味で使える定義なのかな…。
ダメだよね。弱肉強食を受け入れるようにも思える。
一人で考えていても、とても結論が出そうにないな…。
理想から考えてもダメだね。まずは現実から少しでも
良くすることから考えていこう。
現時点で理想だと思うことだって、
僕や状況が変われば都度違う物になることだってあると思う。
正しいことがわからない以上、
今はとにかく情報を集めて、事態を進める事を重視すべきだ。
昨日行けなかったし、マリカさんの反対が無ければ
今日も三角大陸に行こう。
片付けは避難民の人達にお願いして僕は三角大陸に飛び立った。
マリカ:(おはよう。今日は三角大陸に行くのか?)
総司:(うん。女神像を見に行くつもりだけど、いいよね?)
マリカ:(今日は特に悪い予感はしないな。いいと思うよ。)
今日はいいんだね…。
一昨日の夜から今日までの間に隠したい事に対して
準備が出来たってことなのかな。
邪推のようにも思うけど、そうとしか思えない。
理由を聞いてもいいけど、困らせたいわけじゃないから、
あえて聞かないことにした。
マリカさんからの反対も無かったので、泰山の頂上付近へ向かう。
今は冬なので高い所には雪が積もっている。
また、高度が上がるほど傾斜は急になっていく。
頂上付近ではほぼ垂直と言って良いほどだ。
飛行の魔法が無いと登るのはかなり厳しい。
文さんの言う通り、頂上付近に横穴が見えた。
僕はその横穴に入る。
マリカ:(緊張するね…。)
総司:(そうだね。)
中に入ると薄暗い道が続いている。
周囲を警戒しながら先へ進む。
そして広い空間に入ると急に明るくなった。
中心の台座に像が立っているのが見えてくる。
水晶のような水色に透き通った材質で出来た女神像が見える。
それは僕の記憶にある人に見える。
マリカ:(なっ!?)
総司:(どうしたの?)
マリカ:(どうしたのって…。総司にはどう見えてるんだ!?)
総司:(不思議な感じだよ。
この女神像を見ていると、
身体の緊張が自然と抜けてくる。
マリカさんには見覚えがある?)
マリカ:(よくわからないな…。)
総司:(よくわからないってどういうこと?
僕と同じ感じなのかな?)
マリカ:(そうだね…。総司と同じ感じなんだと思うよ。)
不思議な空間だ。
女神像は光っていないのに、
女神像を中心にして周囲を照らしているように影が出来ている。
他にも違和感がある…。なんだろう…。
僕は目に手を当てて違和感の正体を知る。
目を閉じても見えているのだ。
マリカ:(どういうことだ?)
総司:(目を閉じても見えているね。)
女神像から認識出来るこの空間の情報を、
その情報のままに自分の認識として映されている。
そんな感じなんだと思う。
総司:(すごいね…。この女神像が魔道具なんだろうね。)
マリカ:(そうだろうね…。)
魔力を通さずに魔法が発動しているということは、
僕の刀や指輪のように神器といわれる部類のものだ。
台座に上がるのは不敬な気がするので、
手を伸ばして女神像の足に触れる。
総司:(術式とかわかる?)
マリカ:(確かに魔道具だね。私の知るどの系統の論理とも違う。
一つは女神像を自動的に復元する術式。
これは総司もこれまでに見たことがある、
魔力を通せば自動修復する術式を定期的に実行する術式だ。
もう一つは、ここの位置情報を送信する術式。
残り二つが膨大な術式で出来ている。
一つは、空間を認識して投影する術式。
女神像から観測できる情報をホログラフィーにして、
見せたい対象から見える情報にして
目に投影しているんだと思う。
顔の軸と目線の軸まで計算して投影しているから、
自分の視覚情報のように見えている。
だから、女神像から見えない部分が影になって見える。
もう一つは投影する情報のうち特定部分の情報を
記憶できない情報として投影しているんだと思う。
だから既にある記憶と結び付けることが出来ない。
そういうことだと思う。
効果の発動を簡単に読んで、このくらいは理解出来るけど、
これを実現させているプロセスの方はまったくわからない。
どちらも細部がまったく読めないから
写し取ることも無理だな。)
マリカさんの説明だと、
僕がこの女神像の人を知っている可能性もあるってことか。
マリカさんにもわからないとなると、かなり高度な術式みたいだ。
この女神像を作った人は、少なくとも女神と言われるだけの
知識と力がありそうだ。
まあ、作った人と女神像のモデルの人が一緒とは限らないけど。
優しく微笑む女神像を見ていると不思議と安心してくる。
総司:(ありがとう。アイさんならわかるのかな?)
マリカ:(術式に関してアイさんに分からないことはないよ。
それより、横にある碑文の方を読もうよ。
そっちが本来の目的でしょ。)
総司:(そうだね。)
女神像の横にある石碑のようなものを見る。
女神像からは影になっていて文字が映っていない。
僕はライトの魔法で碑文の文字を照らす。
こちらは普通に石に文字が刻まれているだけで、
女神像のように不思議な材質でもなければ魔道具でもなさそうだ。
風化が進み文字も読みにくい。
女神像を作った人がこの石碑を作ったとは思えない。
文字を刻むなら、女神像と等しくこちらも重要な位置付けのはずだ。
同じ人が作ったものなら材料だけでも、
もう少し風化しないものにすると思う。
総司:(ところどころ読めないところがあるね。)
マリカ:(読めるところだけで前後の文脈から推測するしかないね。
えーと…。この世界は女神様によって創造された。
そして女神様はこの大陸に犬人族、猫人族をお創りになられた。
犬人族と猫人族は女神様に仕え、栄光を讃える種族である。
この大陸の発展のため、競争と共存を。)
総司:(本当なのかな?
品質から見て女神像と碑文を作った人は違いそうだけど。)
マリカ:(どうだろうね…。)
総司:(碑文の風化状態からみて、この大陸には大昔から猫人族と
犬人族が暮らしていたのは間違いなさそうだよね。)
マリカ:(それはそうだね。)
総司:(この碑文の通りだとすると、文さんが言う様に
女神様が猫人族と犬人族が住めるように
この大陸を作ったと受け取れないこともないね。
でも、他の種族が建国出来ない理由にもなってないけど…。)
マリカ:(素直にこの文言を受け取った場合、この大陸において
特権的立場を主張するには十分な気もするな。)
総司:(そうなの?受け取る側の解釈でも全然違うね。)
マリカ:(そうそう。そういうので揉めるんだよな。)
総司:(解決にはあんまり役に立たなそうだね。
そろそろ出ようか。何となくここにいると頭がポーッとして、
考えがまとまらなくなってくる気がするんだよね…。)
マリカ:(私は特に変な感じは受けないけど、
早く外に出た方が良いというのは同感だ。)
僕は横穴から外に出て頂上で一旦考えることにした。
総司:(あの女神像も転生者が作ったのかな?
僕達以上の魔法使いが作ったのは間違いないよね。)
マリカ:(どうだろうね…。)
総司:(女神様が作ったものじゃないよね。
自分で女神様とは書かないと思うし。
でも女神像を作った人と碑文を作った人が
違うって可能性もある。
むしろその可能性は高い気がする。
女神像は女神様が作った可能性もあるのか。)
マリカ:(その辺はどうでもいいんじゃない?)
総司:(マリカさんは気にならないの?
この世界の創世に関わるミステリーかもしれないよ?)
マリカ:(そんな大事じゃないって…。)
総司:(もしかしたらとっても大事なことかもしれない。
アイさんに相談した方がいいかな…。)
マリカ:(待て待て待て。アイさんは忙しいと思うぞ?)
総司:(アイさんはいつも忙しくしてるでしょ。
そんなこと言ったらアイさんに何も聞けなくなっちゃうよ?)
マリカ:(まずは私を頼れ。)
総司:(最近のマリカさんはなんだか曖昧なんだもん。)
マリカ:(そんなことないぞ?えーと。女神像と碑文の関係だけど、
女神様が女神像だけをあそこに作る意味がまずわからない。
逆に碑文があるところに女神像を作る場合は碑文を読んだ上で
女神像を作るわけだから、碑文の内容は知った状況で
そこに女神像を作ったことになる。その場合は作った人、
作った時期が違うにしろ、関係するものとして扱うべきだ。
だから作った人や時期の違いは些細なことで、
女神像と碑文は関係するものとして認識するのが正しい。)
総司:(確かにそうだね。)
マリカ:(ということは、女神様が女神像を作った可能性は
かなり低いことになる。
逆に過去に私達より高度な術式を扱える
魔法使いがいた可能性が高い。
過去にいた転生者、特に犬人族か猫人族に転生した人が
女神像と碑文を作ったという可能性が一番高いと思う。)
総司:(そんなすごい転生者がいたならそうだね。
でも、それなら今もこの世界にいるんじゃないかな?
強い魔法使いは限りなく不老みたいだし。)
マリカ:(事故にあった可能性はあるよ。
頭を潰して散らされれば私達だって死ぬんだから。)
総司:(既に亡くなっている可能性も無いとは言えないけど、
まだ存命している可能性もあるよね。)
マリカ:(それはそうだね。)
総司:(今後、知らないすごい魔法使いに会う可能性もあるのか。
女神像の魔法は五感を介さずに
脳に認識を直接映すようなものだった。
あれって使い方によっては完全に自分という存在を
認識させずに近づいたり出来る魔法だと思う。
それ以上に認識は感情や考え方にも大きく影響する。
人をコントロールすることだって可能な魔法だと思う。
他にもいろいろと危険な使い方が出来るよね。)
マリカ:(なかなか鋭いな…。確かにそういう魔法だったよ。
アレは私達が使っているような、物質やエネルギーを
創造するものとはまったく別の系統の魔法だ。
ただ、観測は定点でないと無理だと思う。
動体同士であの魔法を使うのは術式が複雑になりすぎる。
少なくとも視点の移動とはタイムラグが発生して、
自然な視覚情報にして投影するのは不可能に近いと思う。
それは認識する情報を極力抑えていることからもわかる。
今回のように薄暗い閉鎖空間でないと、
ボヤけた視覚情報になって、不自然さを認識出来ると思う。)
総司:(要するに今回みたいに特定の場所に
魔道具として設置されていて、
設置できる場所は薄暗い閉鎖空間だけ。
ってことであってるかな?)
マリカ:(それで合ってる。
それと投影は同時には出来ないから、
対象は一人だけだね。)
総司:(今回みたいに一人で行動していて、
閉鎖空間に入るときだけ注意すればいいのか。)
マリカ:(そうだね。それじゃ、この話はこの辺にしとこうか。)
総司:(うん。それじゃ、次はどうするかって話だね。
予定通り兎人族に会いに行こうと思うけど、どうかな?)
マリカ:(そうしようか。まずはどう接触するかだね。
ちょっと早いけど、ここでお昼ご飯を食べながら考えようか。)
総司:(そうだね。)
僕は兎人族との会談に備えて鰻重を作って食べることにした。
うなぎとうさぎで似ているからゲン担ぎの意味も込めて。
しかし、気圧が低くて沸点が下がり温度があがらない…。
魔法で圧力を上げて料理したりとちょっと手間だった。
高い所で料理するのはあんまり良くないね…。




