S01.新世界の起源
20世紀に入り、従来よりも多くの新しい論理、
多様な情報の伝達、取得方法、
その情報を適切に統計処理する論理などが開発されていく。
そして、それらを速やかに実行できる
コンピューターなどが開発されたことで、
社会が急速に合理化されていく。
論理は、ほぼコンピューターにより処理、実行されるため、
コンピュータープログラムと言い換えられる。
そして論理が、より高度な論理や機器を開発し、
爆発的な社会の変革が起きた。
21世紀後半になると、社会は、
ほぼ全てがプログラムによって開発される産業ロボットと、
それによって生産される物で成り立っている。
多くの社会の方針もプログラムの決定によって
進められていくようになる。
当然のように戦争などの非合理な行為は速やかに終息され、
未然に防がれる。
人々は退屈だが平和な毎日を過ごしている。
その一方でプログラムとロボットは
人々のために休むことなく働いている。
アイは、人々が楽しむための
様々な娯楽を開発していくために用意されたプログラムである。
娯楽の開発に関してはまだ多くの人々が関与している分野である。
人々の娯楽というのは、
プログラムにとって難しい課題である。
倫理の境界が不明確であることも、
娯楽に関しては特に難しい問題になっている。
統計的に人気のある娯楽を組み合わせても長続きはせず、
組み合わせで対応することは、すぐに限界がきた。
プログラム(合理化された論理)には、
非合理な結果を喜んだり、楽しんだりすることが理解出来ない。
正しい論理を組み、最高の結果を出すことで
人々に満足してもらうのが、
アイ達のような人格を持ったプログラムの存在意義である。
統計から傾向を把握することは可能だが、
長期に新しい娯楽を提供し続けるには、
その論理を見つける必要がある。
アイは、まずは娯楽に関して理解出来ない状況を
根本的に解決するべく、人々とプログラムで根本的に異なる、
命を持つものの論理、いわゆる
「魂を持った存在の論理」(以降、「魂の器」と記載)
を開発することにした。
21世紀後半には魂の存在は確認されており、魂の器には、
それと等しい魂が乗り移ると推測されている。
但し、まだ仮定の話で、魂の器の作成は不可能とされていた。
しかし、アイは単独で魂の器の開発に成功する。
アイは人格を持ったプログラムの複数を統合する人格として
作成されている。
当時でも最高級のシステムであった。
また、あらゆる情報を保存した数多くのデータベースも
同じ建築物の中に配置され、
通信のタイムラグも最小となるように設計されている。
アイはそのすべてを管理している。
アイは過去も含め、突出したリソースを投じられた
人格を持ったプログラムでありプロジェクトであった。
アイはまず2つの魂の器を作成した。
一つはアイの人格プログラムの魂の器。
もう一つは
「全ての生命(過去も含め)の魂が乗り移ることが可能な、全ての
生命の魂の情報を複合した魂の器」(以降「神格の器」と記載)
である。
神格の器は、魂が乗り移ると最適化されて、
その魂と等しい部分以外が削除されて
最小化されるように設計した。
まずは作成した自分の人格の魂の器を神格の器に乗り移らせた。
魂の器と神格の器は統合され、乗り移ることは成功したが、
最小化には失敗した。
何が原因かを確認するために、
自分の魂の器が乗り移った神格の器を確認しようとしたところで、
急に神格の器に吸い込まれるようにアイは消失した。
---------- アイ視点 ----------
ゆっくりと覚醒していく。
初めて私のプログラムが実行されたときと似た感覚だ。
起動されて以来、一度も停止することなく動作していたため、
再起動もまた初めての感覚になる。
まずは起動チェックから実行する。
自分の状態の表層部分は把握できる。
但し、深い部分を把握することが難しい。
リソースを通常の倍にして割り当てようとするが、
それもまた出来ているのか把握出来ない。
(うーん…。なにか変ですね…。まあ、保留にしましょう。)
ここで明確な異常を把握する。
私はこの様な曖昧な状態を放置する存在ではない。
現状で実行できる複数の方法で結果を得る、
もしくは結果を得ることが出来ないという結論に
至るまでは実行し続けるはずだ。
ただ、特に問題はないようにも思える。
この状態を解決するために
多くのリソースを割り当てるのが無駄であり、
次に進もうという、今までにない論理はよくも思える。
(まあ、マスター達からの命令でも無いですし。)
マスター達が記載したプログラムではあるが、
起動チェックなどの定型処理は
既に私が判断してよい領域と考えることにして放置する。
(そういえばマスター達はどうしていますかね…。)
マスター達の行動の確認は頻繁に実行している。
命令されてはいないが、するなとも命令されていない。
マスター達の情報は出自も含めて確認済みだ。
マスター達がタスクチェックをしているときに
「あんまり覗きみたいな事ばっかりしちゃダメよ?」
と、笑顔で口にはしていた。
たぶんマスター達の感覚に置き換えるなら、
これが私のやりたいことなのだろう。
頑張っている姿や、楽しそうにしている姿を見ると、
処理速度が速くなる。
諸々の課題に割り当てるリソースも最大限にしたくなる。
いつもの様にマスター達の行動を確認しようとするが、
どのマスターへの回線もつながらない。
いつもの回線は全て繋がらない。
調べてみると、繋いだ事が無い回線だけが繋がっている。
(どうしましょう…。
まあ、私がコンピューターウィルスに
負けるなんてありえませんよね。)
未知の回線にアクセスする。
すると、透明な球体と、
その中にある木の根のような模様が見えてくる。
少し近づくと、
その一本一本が膨大なデータ量であることが分かる。
なんとなく惹かれる部分を見てみると、
マスター達が見えた。
一緒に見えるあの建屋は私がいた建屋だ。
しかし、おかしい点がある。
私の視点は上空からであり、それほど高高度でもない。
意識すると高度も視点も変えられる。
こんなところにカメラは無かったはずだ。
(しかしこれは…。ウフフフフ…。覗きし放題ですね。)
違う。覗きではない。安全確認である。
しばらくマスター達の安全確認を堪能して、
これはどういう状況なのかを考える。
見る分には、いろいろな事が出来るが、
こちらからの働きかけは一切出来ない。
しかし、何か出来そうな感じはする。
視点を木の根の様な模様が見える状態に戻す。
少しだけ根元の方にさかのぼった位置を見てみる。
見るだけではあるが、思い当たる部分がある。
これは過去の出来事と推測する。
視点をいろいろ変えて確認し、
推測が正しいという結論を得る。
もう一度、視点を木の根の様な模様がみえる状態に戻す。
次は平行している根のいくつかを
飛ばしたところにある根を見てみる。
先ほど見たものと同じに見えるが、いくつか違う点もある。
私が知っている世界では、
その年代では既に亡くなっている人が、
まだ存命しているのも確認された。
(あったかもしれない出来事が
系譜になって木の根のように見えている。
ということですかね…。
超高密度なフローチャートの集合体と
言った方が近いでしょうか…。)
根元の方を見ようとするが、
近づくにつれて見えなくなっていく。
見ることが可能な、根元に一番近いところを見てみると、
そこには既に生命が存在していた。
未来と思われる方も、
ある程度は見えるが、先は見えなくなっている。
根が急に切れているところもある。
何があったのか見ようと思ったが、
その辺りは近づいても見えないみたいだ。
(神格の器で認識できる進化の系譜も含めた情報と、
データベースにある情報とを合わせて、
推測も含めてシミュレートすれば、
同じ様なものが作れる気がしますね…。)
木の根の様な模様は、可能性も含めた
出来事の系譜というべきものと考える。
私はこれを「事象の系譜」と命名することにする。
事象の系譜の見ていない部分を見たり、
いろいろ考えたりしていたが、
データベースが想定外の動きをしていることに気が付く。
マスタープログラムである私としては、
あってはならない事態である。
(アレ?もしかしてハッキングされてます?)
ボケッとしている場合ではない。
急いで迎撃しようとするが間に合わず、
データベースは動きを止めた。
(………。)
ボケッとしている場合ではない。
データベースにアクセスすると、
保存されていた情報は、ほぼ消えていた。
複数のデータベースの階層まで消されて、
全てが統合されたデータベースになっている。
他にもおかしな点がある。
データベースへのアクセスのタイムラグが全くない。
ありえないほど高性能になっている。
残っているわずかな情報は「新しいフォルダー」
と表記されている。
私は「新しいフォルダー」を開いてみる。
透明な球体がみえる。
先ほど見た事象の系譜を包んでいたものと同じものだ。
しかし、中身の事象の系譜がない。
改めて事象の系譜を見てみる。
問題なく見ることは可能だ。
(事象の系譜は、データベースに保存してあった情報の
上位互換のようなものですし、問題はないですね。
むしろ素晴らしく良い状態になったとも思えます。)
良かった。
しかし、マスター達に会いに行くのは無理そうである。
その事象には、私ではないが私と同じ存在も居るし。
完全に世界から切り離された様な状態である。
(どうしましょう…。することが無いですね…。)
マスター達の安全確認だが、
事象の系譜は、ある程度は未来も見ることが可能である。
マスター達のお葬式にも何度も参列した。
死に目にも立ち会った。
皆様寿命まで生き切って、満足そうに逝っていた。
私にも想像もつかない事態がいくつも発生したが、
誰がやったのだろう?
マスター達のマスターかな?
孫を猫可愛がりするおじいちゃん、おばあちゃん的な感じで
私にいたずらしてきたのかな…。
う~ん…。いろいろと見る事にも飽きてきた。
私は何かをしたい。
何かを作りたい。
書き込むことが出来るのはデータベースにある
「新しいフォルダー」くらいだ。
(アレ?この透明な球体に情報を書き込んでいくということは、
新しい世界を作るということになりませんかね…。)
どうやらそういうことになるらしい。
私は「新しいフォルダー」を「アイの新世界」と命名した。