20.人間の街イルス①イルス市民
ザウルの街を出発し、上空からイルスの街までの道を見ると
人魚の町からザウルの街までの道とは違い、
小さな村がいくつも見えた。
道も整備されており、馬車、荷車を引く人、
走っている人など、人通りが結構ある。
この世界では、ほぼ全ての生命に魔法の恩恵があり、
身体能力は高く、あまり疲労しない。
荷物が多い人は馬車や荷車を利用して、
荷物が少ない人は普通に走って移動している感じだ。
流石に飛んでいるのは僕達しかいない。
アイ:「一気にイルスまで飛んで行くつもりだったけど、
途中でどこかに寄っていくのも良いよね。どうしようか?」
総司:「みんな仕事してるだろうし、
変に邪魔しちゃっても悪いからね。
困ってそうな人を見かけたら、
手伝いに行くくらいで良いんじゃないかな?」
ソフィ:「広い平地でぶつかる危険もないし、
久しぶりに元の姿で思いっきり飛んでみたいなー。」
総司:「大事になるから絶対にやっちゃダメだからね…。」
アイ:「その辺って世界の守護者の戒律的にどうなってるの?」
ソフィ:「その時々の竜王の裁量だろうけど、
今の竜王は大量虐殺したり、脅して支配したりしなければ、
討伐されたりはしないんじゃないかな。」
総司:「自制してくれているのはありがたいけど、
窮屈な思いをさせちゃってるのは申し訳ないよね。」
アイ:「将来は竜の島で最強決定戦みたいなイベントでもやろうか。
竜の島の人魚族から、すごい子がたくさん生まれそうだしね。」
ソフィ:「アイさんがちょっと気合入れて景品を作れば、
実現しそうだね…。」
三人で話をしながら飛んでいると、
右方向から大きな鳥の群が飛んでくるのが見える。
いや、鳥ではなくて鳥人族みたいだ。
鳥人族もこちらに気が付いたようだ。
群から二人ほどこちらに向かってくる。
鳥人男:「ちょっと良いかな?」
総司:「良いですよ。」
鳥人男:「俺達は南の大陸から移住しようと思ってこの大陸に
飛んできたんだけど、良い場所を知らないかな?」
総司:「良い場所と言われても難しいですけど、
この大陸で鳥人族が住んでいる場所は知らないです。
既に他種族が住んでいる場所であれば、
ここから真っすぐ東に行けば人間族の街イルス、
後ろへ真っすぐに西へ行くと人間族の街ザウル、
更に西へ行くと人魚の町があります。
イルスは行ったことがないですが、
人間族以外が住むには都合が良くないという
噂を聞いたので、人間族の街であれば、
ザウルの方が良いと思います。
人魚の町は僕達の知り合いが多いので、
僕達のことを話せば、共生を認めて貰えると思いますよ。」
鳥人男:「丁寧に教えてくれてありがとう。」
アイ:「お勧めは人魚の町ね。私はアイ。
黒髪が総司、赤髪がソフィア。
人魚の町のアクアマリンって人魚を呼んで、
私達三人の紹介と言えば良くしてくれるはずよ。」
鳥人男:「ありがとう。俺の名前はマテオ。後ろにいるのがサディ。
行く宛ても無いし、教えて貰った人魚の町に行ってみるよ。」
後ろにいる鳥人族の女性も頭を下げている。
アイ:「私からもちょっと聞いていい?」
マテオ:「どうぞ。」
アイ:「行く宛ても無いのに南の大陸から
移住してきたのはどうしてなの?」
マテオ:「南の大陸は犬人族と猫人族の国があるんだけど、
それが定期的に争っているんだ。
最近は両方の国の魔法使いが参戦するようになって
戦闘が激化してきたんだ。
俺達は被害が出ないうちに移住することにしたんだよ。」
アイ:「なるほどね…。南の大陸は正確に言うと、どの辺りなの?」
マテオ:「ここから真っすぐに南東方向だね。」
アイ:「ありがとう。人魚の町までそれなりに距離があるから、
食べ物をあげるよ。ソフィさん手伝って。」
ソフィ:「はいはい。」
ソフィさんに手を出させて、そこに大きなバックを作り、
パンをたくさん作って入れていく。それをマテオさんと
サディさんに二つずつ持たせる。
マテオ:「ありがとう。助かるよ。それにしてもすごいね。」
サディ:「すごい魔法ですね…。
魔法で食べ物が作れるなんて初めて知りました。
ありがとうございます。」
アイ:「人魚の町は海岸沿いにあるから。気をつけて行ってね。」
マテオ:「ありがとう。」
鳥人族の二人は群の方に帰っていった。
アイ:「私達も行こうか。」
イルスの街への移動を再開する。
総司:「南の大陸は大変そうだね。
国同士の争いってことは戦争してるってことだよね?」
アイ:「そうだね。でも人的被害はあまり無いはずだけど…。
他の種族に迷惑をかける様なのはやめてほしいね。」
総司:「行ってみる?」
アイ:「今はやめておこう。
あの二種族の争いをやめさせるのはちょっと難しいし。」
アイさんは何か知っているっぽいな。
アイさんがそれほど気にしないという事は、
それほど酷い状況でもないのだろう。
総司:「ザウルの街にも犬人族も猫人族もいたよね。
仲が悪そうには見えなかったけど…。」
アイ:「群れになると攻撃的になるのよね…。
お互いでやり合って、それで済ませてくれていれば
問題ないんだけどね…。」
ソフィ:「竜族が仲介したって話も聞かないから、
大丈夫なんじゃない?」
総司:「そうだね。」
鳥人族に会った以外は特に何もなく、イルスの街が見えてきた。
城壁の左奥の少し離れた所で、たくさんの人が戦闘訓練をしている。
千人くらい居るだろうか。
あの人達が話にあった常備兵なのかな。
アイ:「目立ちたくないから、そろそろ降りて城門まで行こう。」
総司:「それならあの森に降りて着替えて行こうよ。
ここに来るまでに僕達が飛んでいるのを
見た人もいるだろうし。」
ソフィ:「たまに鳥人族が空を飛んでいるのを見ているだろうから、
あんまり気にしてないんじゃない?」
アイ:「そうね。でも、森で着替えて行くのはいいね。」
僕達は最寄りの森に降りる。
総司:「僕は藍色の外套を上に着るね。」
ソフィ:「私はどうしようかな…。」
総司:「特にこだわりが無いなら、
ズボンからスカートに変えない?
ソフィさんが男装の令嬢っぽいから僕が女性に
見えちゃうのもあると思うんだよね。」
ソフィ:「関係ないと思うけど…。
それじゃ総司君の好きにしていいよ。」
ソフィさんは両手を上げて待っている。
僕に魔法で作れということか。
マリカ:(どうする?)
総司:(ソフィさんの外見からは
学生服みたいな感じが似合いそう…。)
マリカ:(こんな感じでどう?)
ソフィ:(スカートが短くない?)
マリカ:(こんなものじゃないかな?)
総司:(それに赤いポンチョを上から着るのが良いかも。)
アイ:(可愛いね…。私はツインテメガネをやめて
元の姿に戻ろうかな。)
総司:(僕が青でソフィさんが赤だから、
アイさんは黄色のポンチョにしようよ。)
アイ:(………。)
マリカ:(アイさんは何を着ても似合うよ。
メガネは邪魔そうだったし、外していいから
髪はそのままで黒いリボンを付けよう。)
アイ:(総司君どう?似合ってる?)
総司:(とっても可愛いよ!)
アイ:(それなら良いか…。準備出来たから行こうか。)
城門前には大勢の人が並んでいる。
道の端にはたくさんの立て看板が並んでいる。
イルスの街の規則が書いてあるみたいだ。
総司:「これを全部読んで覚えるのはちょっと無理だよね…。」
ソフィ:「城門に「イルスの街へ入ったものは、この街の規則に
同意したものとする」って、書いてあるね。」
マリカ:(元の世界でも似たようなやり口があったな…。)
アイ:「ほとんどは当たり前のことが細かく書いてあるだけだけど、
たまに紛れ込むように、酷いのがあるね…。
「警備隊が不審に思ったものは本人の同意なく連行出来る。」
って…。逆に不審に該当する内容が書いてないから、
警備隊の人の裁量ってことになるのかな…。
イルスの市民権を持つものは
対象外になってるのが小賢しいね…。」
総司:「みんな読んでるようには見えないね。大丈夫なのかな。」
アイ:「他にも酷いのがあるね。
簡単に言うと、この街に住居を持っていないと、
貨物、手荷物の検査を拒めない。
連行された者は身元引受人が来ないと
拘留期間を任意に延長出来る。
身元引受人はこの街に住居を持っていて
届け出がされている者に限る。だって。
街に入ったら市民権と住居の購入、届け出を
すぐにした方が良さそうだね。
全部お金で買えるみたいだし。」
総司:「いくらくらいなの?」
アイ:「市民権は人間が一人金貨10枚、他種族が金貨30枚。
住居の費用はここだと分からないね。」
総司:「すごい値段だね…。
通行料は銀貨1枚、他種族で銀貨2枚って話だったから、
それよりも他種族に厳しいね。」
元の世界の価値で換算すると金貨1枚が10万円、
銀貨1枚が1000円くらいだから、結構な価格だ。
城壁の入口が見えてきた。
受付が3つあり、右端は貨物がある人が対象みたいだ。
衛兵のような人達が城門前に立っている。
若い女性が受付をしている場所が空いたので、そこへ行く。
総司:「人間二人、他種族が一人です。」
受付:「銀貨4枚です。お名前などを記入してください。」
僕が三人分の時刻、名前、性別を記載し、種族欄に○を付ける。
分類は人間と他種族の二種類しかなかった。僕は銀貨を4枚渡す。
竜族と書くと面倒が起きそうなので、その点は良かった。
受付:「手荷物が有る方は、進んですぐに検査員がいますので、
そこで荷物を渡してください。」
総司:「わかりました。」
受付:「ちょっとお待ちください。」
先に進もうとしたところで呼び止められた。
総司:「え?はい。」
何か書き間違えたかな…。
やっぱりソフィさんの種族を聞かれるのかな…。
受付:「総司さんは性別を男性と書かれていますが、
検査してよろしいでしょうか?」
そこで引っかかったか。検査って何をするんだよ…。
まさかここで脱げなんて言わないよね…。
総司:「良いですけど、どんな検査なんです?」
受付:「触診です。」
総司:「誰がするんです?」
受付:「私です。」
受付さんの表情は変わらない。
あくまで仕事として仕方なくするようだ。
総司:「わかりました。どうぞ。」
受付:「それでは。」
受付さんが両手で僕の胸に手を当てて、僕の顔を見てくる。
つぅーっと受付さんの鼻から血が流れた。
総司:「鼻血出てますよ…。」
単に表情に出ない人だったらしい。
受付:「し…失礼しました…。」
総司:「もう良いですか?」
受付:「いえ…まだ下が…。」
総司:「いや…。もう分かってるでしょ…。」
受付:「仕事ですので…。
しかし私では耐えられそうにありません。
少々お待ちください。」
受付さんは衛兵のところに行って話をしている。
すぐに衛兵と一緒に戻ってきた。衛兵は若い男性だ。
受付:「よろしくお願いします。」
衛兵:「え?ほんとに?こんな綺麗な娘なのに男なの?
ちょっとドキドキするな…。」
受付:「私もドキドキします。」
最悪だ…。
アイさんもソフィさんも周りの人達も
顔を赤くしながらこっちを見ている。
なんという羞恥プレイ…。
衛兵:「いくよ?」
衛兵さんが僕に聞いてくる。
マジか…。良いとか悪いとか答えなくちゃいけないの?
総司:「どうぞ…。」
衛兵さんが恐る恐る下に手を伸ばしてくる。
衛兵:「男性です!!!」
男性達:「「「おおお~~~!」」」
女性達:「「「キャーーーー!」」」
周囲から歓声と拍手が沸き起こった。意味がわからない…。
受付:「記載通りですね。良かったです。どうぞお通りください。」
総司:「ありがとうございました…。」
これでお礼を言わなきゃいけないのは納得がいかないが仕方ない…。
それと聞いておかなくてはいけない事もある。
総司:「市民権を得たいのですけど、どこに行けば良いですか?」
僕は努めて平静な顔で受付さんに聞く。
受付:「城門を入ってすぐの左側の大きな建物が役場になります。
受付がいますので、詳しい事はそこで聞いてください。」
総司:「わかりました。ありがとうございます。」
僕とアイさんは手荷物はない。ソフィさんは受付のすぐ先で
検査員にバックを渡す。バックの中にはお金しか入っていない。
検査員:「問題ありません。」
検査員がソフィさんに手荷物を返す。検査員さんの顔も赤かった。
マリカ:(総司、お疲れ様。大変だったな…。
なんだか元の世界のイミグレーションみたいだね。
さすがに元の世界ではパスポートに顔写真もあるから
あんな検査は無いだろうけど。
いや、あるかもしれないか。)
総司:(その事はもういいよ。
忘れる事にする。やりとりも事務的で、
良い意味で言うなら余計な詮索もないし、
文明圏に来たな~って感じだね。)
マリカ:(確かにそうだね。ちょっと先入観を持っていたけど、
種族の違いを国籍の違いに置き換えれば、額の違い以外は、
内容的にはそれほど違いは無いもんね。)
アイさんとソフィさんはまだ顔が赤い。会話に入ってこない。
僕達は城門を通り街の中に入った。
広い大通りがあり、左右に建物が建ち並ぶ。
レンガ作りが多く、ザウルの建物よりも高く、
造りも少し良いように感じる。
総司:「市民権を得るには左側の大きな建物だったよね。」
ソフィ:「あれだね。西門役場って書いてあるね。」
僕達は役場に入る。
受付と思われる場所を見ると、人が結構並んでいる。
こういうのは本当に面倒だ。
アイ:「市民権の申請はこちらって書いてある。
あそこに直接行けば受付に並ばなくていいかも。」
総司:「行ってみよう。」
少し年配の女性職員が座っている。
総司:「市民権の申請をしたいんですけど、ここで良いですか?」
職員:「はい。
この用紙に記入と必要経費の支払いをお願いします。」
総司:「わかりました。」
申請用紙を見ると城門前で書いた情報の他に
職業、住居の有無、住所を書く欄がある。
総司:(職業だって。
旅人ってわけにはいかないよね。何にしようか?)
アイ:(商人で良いでしょ。細かく聞かれたら、
貴金属を扱っていることにしよう。)
総司:(わかった。)
用紙に記入して金貨50枚と一緒に全員分提出する。
職員:「確認します。」
総司:「お願いします。」
職員:「総司さんは男性と記載がありますが、
間違いありませんか?」
総司:「間違いありません。」
職員:「検査してもよろしいでしょうか?」
またか…。本格的にどうにかしたくなってきた…。
総司:「拒否したら、どうなります?」
職員:「総司さんの市民証を発行出来ません。」
そうだよね…。聞くまでもないよね…。
総司:「どうぞ。検査してください。」
職員:「失礼します。」
職員さんが両手で僕の胸に手を当てて、
真っ赤な顔で僕の顔を見てくる。
職員:「し…失礼します…。」
そのまま恐る恐る下へ手を伸ばしていく。
職員:「ありがとうございました。
記載に間違いがないことを確認しました。
市民証を発行しますので、少々お待ちください。」
職員さんはフラフラと奥の部屋に入っていった。
しばらくして手にカードを三枚持って戻ってきた。
職員:「市民証です。無くさない様にしてください。
再発行には手数料を頂きますので。」
総司:「わかりました。住居を買って登録する場合も
ここに来ればいいですか?」
職員:「この役場で可能ですが、専用の窓口での登録になります。
役場はここでなくても最寄りの役場で可能ですが、
ここに寄って頂ければ私がお手伝いします。」
職員さんは赤い顔で答えた。
総司:「ありがとうございました。」
住所の登録は絶対に違う役場にしよう。
市民証はカードのようなものだった。
申請用紙に記載した情報の他に、
誰かのサインと通し番号も記載されている。
頭二文字が申請した役場の番号っぽい。
この通し番号で一応偽造を防いでいるのか。
アイ:「それじゃ、家を買いに行こうか。」
ソフィ:「良い家があるといいね。」
こうして僕達はイルス市民になった。
僕のイルスの印象は最悪の一言だ。




