S10.マリカのチュートリアル そして新世界へ
---------- マリカの視点 ----------
目が覚める。
テントの扉を開けて外に出ると、
アイさんが転生者選定システムのところからすぐに走ってくる。
テントの中には寝袋がある。
今日も2つの寝袋がある。
ずっとアイさんと同じテントで寝起きしている。
「おはようございます。」
「おはよう」
お互い笑顔でいつものように挨拶を交わす。
私は朝食の準備を始める。
いくつかの食材を私が生み出し、
アイさんがその他のほとんどの食材を出してくれる。
そして私が料理する。
今日も美味しそうだ。
アイさんと一緒に料理した事もあるが、
アイさんは食事をした事が無いため、味がわからない。
知識として作り方は知っているので、
マズいということはない。
しかし食材の小さな違いや状態、組み合わせたときの影響、
環境、そして個々人の趣向、
いろいろなことが組み合わさって
美味しい料理というのは出来ている。
普通でもいいのだが、
アイさんはあまり美味しく出来ていないことを察したらしい。
一緒に料理することは無くなってきた。
まあ、大きな問題ではない。
アイさんが新世界で食事をして味を知れば、
すぐに料理の達人になるはず。
「頂きます。」
「はい。」
アイさんはニコニコ笑顔で私の食事を見ている。
「早く一緒に食べたいね。」
「そうですね。」
「早く私の料理したものをアイさんに食べて貰いたいな。」
「楽しみにしています。」
笑顔でお互い会話する。
「今日は魔法の訓練をするね。
一人で出来るから、アイさんは
転生者選定システムを進めててよ。」
「わかりました。」
今日は別行動にした。
次の転生者が早く決まってもらいたい。
私の攻撃魔法は主に2つが主力になる。
一つは、剣の刃の部分を複数、
自分の周囲に生み出し、打ち出す魔法。
打ち出し方は1本づつであったり複数同時だったり、
どちらでも可能だ。
もう一つは手裏剣を大きくしたものを生み出し、
回転させて打ち出す魔法。
これは大きな生物、特にドラゴンや恐竜を仮想敵にしている。
魔法の発動は自分に近いほど効果が高い。
なので、物質を周囲で生み出し、
自分に近い所から魔法の力で打ち出すのが効率がいい。
それと魔力界での魔素密度の減少対策として魔力界で
魔素の上昇気流を作ることも可能になっている。
魔力界の概念は元の事象にはない。
これを理解するのは本当に大変だった。
魔力界の自分の位置に相当する部分に
魔素の竜巻を起こし、密度の高い低高度の魔素を
上昇気流に乗せる。
魔法を使う際に高密度の魔素を使うことで、
魔力が飛躍的に上昇した。
連続して使用しても魔力が落ちることも無い。
余程の相手でなければ自分に近づく前に倒せるはずだ。
また、秘術の一部を理解することで慣性や重力の制約からも
ある程度外れることが可能になった。
簡単に言えば、位置エネルギー、運動エネルギーを
都合よく調整したり、力のベクトルを急に変えることで、
速度を落とさずに直角に曲がれたりする。
また、急激な動きで発生する肉体への衝撃も軽減出来る。
今の私であれば、車も急に止まれるのだ。
それによって近接戦でも優位に戦闘が可能だ。
また、出来るだけ相手を傷つけずに無力化させる方法として、
生み出す剣の刃の部分や氷の矢に麻痺毒を発生させ、
それを相手に当てることで、麻痺させる方法も習得した。
解毒されるまでは相手を無力化出来る。
新世界のあらゆる生物を想定して、
効果的な戦い方を編み出し、練習する。
そういう毎日だ。
そろそろお腹が空いてきた。
アイさんは転生者選定システムの所に居るだろう。
転生者選定システムは、元の世界の死者の魂を捕捉し、
基本的な情報、たとえば性別、生前の姿、死亡した年代、
死亡時の年齢、名前を解析する。
その後に、その方の生前の職業や性格を解析していき、
転生者選定システムの画面に表示していく。
捕捉と基本的情報の解析はすぐに完了するが、
生前の行動まで解析する必要がある、
職業や性格を解析するのは時間がかかる。
人によって異なるが、
3日~5日くらいはかかるとのことだった。
家の中に入ると、
アイさんは予想通り転生者選定システムの前に居た。
アイさんの方へ歩いていき、声をかける。
「お疲れ様。そろそろご飯にしたいから
食材を用意するのを手伝ってもらっていい?」
アイさんは急に声をかけたせいか
驚いた顔でこちらを見た。
いつもなら足音で気が付いているはずだけど、
転生者選定システムで変わった人でも捕捉されたのかな?
私が近づいていることに、気が付いてなかったみたいだ。
私は既にアイさんのすぐそばまで来ていた。
何の気は無しに、転生者選定システムの画面を見る。
一瞬良く知った姿を見たような気がしたところで
私の意識が軽くなって目の前が真っ白になり、
何も見えなくなった。
すぐに視界が開けてきた。
周囲は草原でその周りが森になっている。
更に遠くに山脈が見える。
私はアイさんが用意してくれた装備を身に付けていた。
そうか…。
何かトラブルが有って新世界に
転移してしまったのだと理解する。
準備は既に完了していたので、
基本的には問題はない。
問題はここが何処か分からない事だ。
急に強い光に包まれる。
上を見ると太陽が落ちてきたかの様な、
巨大な光る珠が出現していた。
魔力界の魔素が超巨大な竜巻で
巻き上げられていくのを感じる。
急に上空にある光る珠が消失し、アイさんが現れた。
良かった。来てくれた。
「アイさーーん!」
私は手を振りながら呼びかける。
アイさんは私を見つけて急下降してきた。
「透子さん…。良かった。大丈夫ですか?」
胸に手を当てて少し涙目で私に聞いてきた。
「大丈夫だと思う。」
なぜか、アイさんが小さく見える。
新世界では16歳くらいに見えたが、
今のアイさんは14歳くらいに見える。
私との身長差は20cm以上ある。
今のアイさんは150cmないと思う。
少女には違いないが、
少女の範囲の上から下に変わった。
そんな感じだ。
圧倒的に可愛くて綺麗なのは変わらない。
「少し若返ったように見える。」
「ええ…こちらが本当の姿です。
若返りは過去に有ったことなので、
任意に可能ですが、成長させることは
推測出来る範囲でしか出来ません。
確定と言って良い範囲の2歳くらい
成長した姿にしていました。」
少し恥ずかしそうだ。
背伸びしていたということか。
「ところで、急に私が転生したのは何でか分かる?」
「ええ。想定外の事ではありますが、推測は出来ます。
私の家の領域の容量を急に超えたため、
増えた情報である透子さんが新世界に
排出されてしまったのだと思います。」
アイさんは少し言い難そうにしている。
「具体的には転生者選定システムで
新たに捕捉した方の魂が
透子さんの魂の器に入ったのだと思います。
転生前に拡張した透子さんの魂の器の情報と
かなり近い方でした。」
動悸が激しくなる。
転生者選定システムのモニターを
一瞬みた時に息子の総司の顔を見た気がする。
「誰か…分かる…の?」
「はい。」
「教えてほしい。」
「透子さんのご子息の総司さんです。」
「………。」
冷静になれ。
聞かなくちゃいけない事はたくさんある。
しかし、どう聞いていいのか言葉がまとまらない。
アイさんが両手を私の顔に添えて、
額を合わせてきた。
そのままアイさんは話を始める。
「今も透子さんの魂の器の中にいらっしゃいます。
私が捕捉した魂に呼びかける様にすれば、
総司さんを起こす事は可能です。
たくさんの問題はありますが、
お話しすることも可能です。」
私は崩れ落ちた。
アイさんが膝を折り私の頭を抱き留めてくれる。
涙が溢れ出す。
この涙はもう止まらない。
「私のミスです。ごめんなさい。」
「また会えるなんて思ってもいなかった。」
「良い事ばかりではありません。
でも、私が何とかします。」
「ありがとう。ありがとうございます。」
アイさんは私が泣き止むまで、頭を撫で続けてくれた。
私がアイさんを幸せにしたいと思うのに、
いつもアイさんが私を幸せにしてくれる。
私の生前の悲しみまで癒してくれる。
私の神様はこんなにも優しい。
私が落ち着いたのが分かったのか、
アイさんが話を始める。
「まず状況の整理と、
今後のことをお話ししましょう。」
「ええ。」
「まずは問題と思われる事をお伝えします。」
「…」
「透子さんの魂の器の拡張した部分に
総司さんはいらっしゃいます。
ですが、重なる部分は後から入った
総司さんとの結びつきの方が
強くなっています。
お互いに覚醒している時は
総司さんが優先されます。
簡単に言いますと、総司さんが眠っている時だけ、
透子さんが身体を動かせる事になります。」
「大丈夫。」
「この世界でも魔法で細胞の修復は可能なので
疲労はしません。
ですが、疑似脳ではなく脳の場合は
脳細胞が回復したときに疲労した情報として
脳の中で伝えられます。
なので、実際には脳細胞の疲労は
回復されていても、
疲労したときと同様に眠くなります。
これは私も同様です。
数日くらいは無理すれば起きていることは
可能ですが、続けることは不可能ですし、
記憶を定着させるためにも、
するべきではないと思います。」
「夜は私が行動出来ても、
行動出来る時間はあまり無いということね。」
「あと会話についてです。
総司さんが起きている間は透子さんは、
魔素の身体のときの感覚と同様にすれば、
頭の中だけで考える事と
人に話す事とを変えることが可能です。
ですが、総司さんにしか聞こえません。
幸いな事に、五感は共有されています。
ですので、会話は透子さんにも聞こえます。」
「総司が寝ている時しか私はアイさんと会話出来ないのか。
不便だけど仕方ないのかな…。何とかならないのかな?」
「なります。透子さんの魔道具に術式を追加しますね。
私も同様に口に出さなくても透子さんと
会話出来る様になります。」
アイさんは私の指輪の魔道具を手に取って術式を追加する。
「ありがとう。さすがアイさんだね。」
「それと総司さんも口に出さなくても、
透子さんと私に伝えたい事が
伝わる様な術式も追加しました。」
「3人でテレパシーみたいなものだよね。
簡単に言っちゃってるけど、すごい事だよね。」
「そうですね。魔法の恩恵です。
大きな問題はここからです。」
「了解。教えて。」
「はい。身体ですが、基本的に今のままですが、
近いうちに女性としての特徴は男性に変わります。」
「うーん…。大丈夫。近いうちってどのくらいかな…。」
私のが消えるのは良いとして、アレが付いちゃうのか…。
まあ、それはそれでと思う事にしよう。
「実際は少し複雑です。
総司さんが定期的に起きている時は総司さん、
要するに男性側へ傾きます。
逆に総司さんが一定以上の期間で
起きないようなケースが発生したときは透子さん、
要するに女性側へ傾きます。
但し、変化が確定するまでの時間は魔力に依存します。
推定ですが、総司さんが起きていれば1週間で男性へ、
総司さんが3日程度起きないケースがあれば
女性になります。」
「どうしてもという時は
女性の身体に戻れると思えるだけで安心したよ。」
「そうですか?
一週間は好きなように総司さんに身体を見られますよ?」
「………大丈夫。でも良い案があったら教えてほしい。」
「そうですね。ある程度は仕方ないと諦める方がいいです。
これ以上はという場合は、
痛覚操作を解除して、
脳に魔法で電気を流すとかですかね。
当然透子さんも痛いですが
行動の継続は不可能になると思います。」
「躾みたいな感じか…。そうだね。それがいいね。」
総司…ごめんよ…。
「最後の問題が一番の問題になると思います。
総司さんは訓練を受けないまま、
この新世界に来ています。
ですが、透子さんは身体を動かすことは出来なくても、
魔法は使うことが出来ます。
私と透子さんで総司さんを守っていく必要があります。
早めに総司さんに魔法の使い方を覚えて頂く必要があります。」
「私の方からお願いしたい内容だよ。
申し訳ないけどお願いします。」
「はい。」
いつものニコニコ笑顔で答えてくれた。ありがたい。
でも、アイさん、かなり幼く見える様になっちゃったな。
可愛いけど。
「問題はそのくらい?」
「そうですね。私も初めてのことですので、
後で何か想定外の事がないとは言えませんが、
このくらいお互いが認識していれば問題無いです。」
「私から一つお願いが有るんだけどいいかな?」
「はい。」
「総司には私が母親とは言わない事にする。
だからアイさんも合わせてほしい。
私は総司に会えたことが、
何と言っていいか分からないくらい嬉しいけど、
総司の感覚からすると、私は普通に生きていて、
普通に会って会話している。
そんな感覚の16歳の男の子が、
母親とこれからは24時間、
ずっと一緒というのは厳しいと思う。
まだ知らない他人の方が幾分かは諦められると思うから。」
「ええ…。気持ちはわかりますが、
自分の姿を見れば分かってしまうと思いますよ?」
「総司の記憶は40歳を過ぎた私の姿が
一番強い印象になっていると思うし、
今の私の口調はもっと若い頃に戻っているから、
大丈夫だと思う。
見た目でいうなら総司は私に結構似ていたし。
何より総司は人の言う事をほとんど疑わない子だった。
大きいウソほど人は信じやすかったりするし、
いざとなったら私に合わせてほしい。」
「そうですか…。わかりました。
でも、透子さんのお蔭で私も一つお願いを思い付きました。」
「何でも言って。」
「私の事も、新世界では秘密にしてほしいのです。
私はこの新世界でみんなと一緒に
同じものとして生きてみたいです。」
「わかった。出来るだけ協力するね。
それなら私から2つ提案があるよ。」
「はい。何でしょう?」
「一つは丁寧語は辞めた方がいい。
見た目と合わなすぎるから、
最初から普通ではない人という印象から入っちゃう。」
「確かにそうですね。そうします。」
「もうちょっと年相応な言い方がいいかな…。
もう一つがまさにそれで、
見た目相応の振る舞いを意識した方がいい。」
「それも確かにそうですね。そうします。」
「透子さんからも、
おかしいと思う所が有ったら教えて下さい。」
「喜んで。」
お互いに笑顔でこれからのことを思う。
「では、そろそろ総司さんを起こしましょう。
私も総司さんが起きた時から変わりたいと思います。
透子さん、私、そして総司さん、
新しい姿、新しい目標に向かってがんばりましょう。
新世界を満喫しましょうね。」
「楽しくいこうね。」
お互いこの後どうするか、もう少し具体的に話をした。
それと、アイさんは新世界に入る前に、
この事象に大量の魂の器を放出しておいたらしい。
アイさんがこの事象に来た時に、
全てアイさんの魂の器にストックされたそうだが、
その内のいくつかで、私の魂の器は更に大きく拡張された。
いつもながらアイさんは愛が深い。
「あっ!そういえば、母親という事を
秘密にするなら、透子さんとは呼べませんね。
新しいお名前はどうしますか?」
アイさんが、からかうような顔で私に言う。
新鮮だ!そして可愛い!
アイさんは何だって上手くやれる。
総司も幸せにしてくれるはずだ。
「そうだね…。マリカ…。マリカにするよ。」
私は生前のイタリア料理の先生の名前を言った。
始まりの物語編は終了です。
私的にはアイの新世界の骨子がこの「始まりの物語」です。
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