S09.マリカのチュートリアル アイさんと一緒に
---------- マリカの視点 ----------
目が覚める。
テントの扉を開けて外に出ると、
アイさんが転生者選定システムのところからすぐに走ってくる。
テントの中には寝袋がある。
今日も2つの寝袋がある。
あれからずっとアイさんと同じテントで寝ている。
ここでもう一歩というのは、まったく意味が変わってくる。
それは無い。
また一年の時が過ぎている。
次の転生者はなかなか決まらないみたいだ。
「おはようございます。」
「おはよう。」
お互い笑顔でいつものように挨拶を交わす。
私の身体は物質の身体に変わっている。
覚えることも少なくなり、戦闘訓練を主体にしていたが、
ある時から伸び悩む状況になった。
魔法に関しては上級より更に上の秘術に類するものも
覚え始めている。
私の成長はかなり早いらしい。
私は既に新世界に留まることをアイさんに伝えている。
アイさんに伸び悩みの話をすると、
物質の身体を得れば魔素の身体では
使えない能力などを覚えることが可能になるとのことで、
物質の身体にするというのも選択肢の一つだと教えてくれた。
問題点は食事が必要になることくらいらしい。
私にとってそれはむしろ利点である。
私は物質の身体にすることにした。
種族は人間、見た目の年齢は18歳くらい。
容姿はほぼそのままで少し整えるくらい。
魂の器の情報と乖離するため、
元の姿を大きく変えることは出来ないらしい。
私は元々美人で女性にしては身長も高かったので特に不満はない。
髪の色は変えられるらしいが、変えずにそのままの黒髪にした。
これで十分だ。
私の物質の身体を作った後、
アイさんは私の装備する魔道具を、
魂の器を使って作り始めた。
ただ、ここで装備することは出来ない。
この世界に留められるのは
概ねアイさんと転生者、魔道具用の魂の器、
この領域のマーカーに使っている魂の器くらいだそうだ。
作成した魔道具はこの領域を出たところに放出する。
私がこの領域を出た時に自動的に装備するように
術式を書き込んであるそうだ。
もちろんマーカーも含む。
そして私のコピーの魂を元の世界に放出する。
その時に私の魂の可能性を調べてくれていて、
この領域の限界まで私の魂の器を大きくしてくれた。
これで転生までに必要な準備は終わったことになる。
さて、私は朝食の準備を始めることにする。
食事は思っていたものとは違うものだった。
アイさんに食材を出して貰い、私が調理する。
今日も美味しそうだ。
「頂きます。」
「はい。」
アイさんはニコニコ笑顔で私の食事を見ている。
そう。アイさんは食事が出来ない。
しかも私は食材を出せない。
いや、正確に言うと
マズい食材は出せるくらいにはなったが、
美味しい食材はアイさんしか出せない。
なのでアイさんに食材を出してもらっているのに、
食べるのは私だけという微妙な状態なのだ。
「アイさんも食べられればいいのにね。
私は料理には自信があるんだよ?
アイさんにも食べて欲しかったな。」
「私も透子さんが料理した食事を食べてみたいです。
でも、こればかりは仕方が無いですね。」
アイさんは寂しそうに言う。
良い機会だろう。私は決心する。
「アイさん、私と一緒に新世界に行こうよ。
ここでアイさんがしていることが、
どれほど崇高な事かは理解している。
でも、アイさん自信の幸せも大事だ。
私が言うのも偉そうだけど、
新世界もアイさんに報いることを望んでいると思う。」
私は少し卑怯な言い回しもあえて含め、
真剣な顔で言いつつ右手を差し出した。
アイさんの判断は一瞬だ。
無限に思えるほどの悩みや思考も
アイさんにとっては一瞬のこと。
考えてみます。などの答えは否定と一緒。
気を遣っているにすぎない。
「ありがとうございます。
ですが、一緒に行くことは出来ません。」
そう…だよね。
気落ちした顔はアイさんに見せないように堪える。
しかしアイさんは私の手を取った。
「一緒に行くことは出来ませんが、
この後の転生者を送った後に、透子さんが降りた場所に、
私も追いかけていきます。
透子さんが新世界に降りたすぐそばに私も行きます。」
なんという逆転ホームラン。
私はアイさんみたいに飛びあがって喜んだ。
アイさんも私に合わせてジャンプして
喜ぶ姿を私に見せてくれる。
なんて幸せな世界だ。
私偉い!よく言った!よくやり切った!
自画自賛なんて言葉をぶち破るくらいに自分を褒めたい。
「ありがとう!ありがとう!超嬉しい!」
私はアイさんに抱き着く。
「私こそ御礼を言いたいです。
それとお願いがあります。
新世界に降りたら、
しばらく私に協力して欲しいことが有るのです。」
「なんだってするよ。
一番強いドラゴンだって倒して見せる。」
「場合によってはもっと大変かもしれませんが…。」
「問題無いさ。」
力強く答える。
そんなことは何の問題も無い。
アイさんのために出来る事が有るというのは、むしろ嬉しい。
それが困難であればあるほど。
「まずは降りた新世界で、交信施設のようなものを作ります。
私が新世界に降りるときに複数の魂の器を持ち込みます。
それを統合し、
この領域と、その事象で交信できる施設を作ります。
この領域では容量が足りないため、
私の魂の器はコピーできませんが、
新世界に私が降りれば、
私の魂の器が使っていた領域が空きます。
私が降りた新世界の事象から交信することで、
この領域に私の魂の器をコピーすることが出来ます。
コピー後は新世界の私と、この世界の私とで
交信する毎に情報を共有できます。
これは私が特殊な存在であることが起因しています。
なので、私が新世界に降りた後も、
もう一人の私が新世界の管理人のような役割を
継続することが可能になります。
もう一人の私も新世界に降りた私の情報を共有出来るので、
幸せな記憶を共有できる事になります。
それに新世界からこの領域を見るという、
これまで体験したことが無い視点を得ることが出来ます。
それによって、これまで拡張出来なかったこの領域を
広げる方法が見つかるかもしれないという期待もあります。
新世界の広大な領域も、この領域も、
元の世界から切り離された時から
別のものに変わっています。
私は未だにどうなっているのかを
完全には理解していません。
今つながってる元の世界との回線は一度切り離された後に、
繋がれたものだと私は推測しています。」
なんだ。良い事ばかりじゃないか。
神様を連れて行っちゃうのは、
少し申し訳ないと思う部分があった。
他の転生者が超えられなかった壁がこれだと思う。
私は我儘だった?自己中心的だった?いいよ。それで。
しかも幸せな思いが出来ることを
確定事項のように話してくれている。
嬉しいなぁ。まあ、絶対にそうするけどね。
しかし、アイさんでも知らない事が有るんだね。
当たり前か。
「良いことばっかりだね。
アイさんが知らないような知識を
新たに得られる可能性が有るっていうのも、
すごいことだよね。」
「そうですね。ですが、危険もあります。
この領域と新世界、元の世界は違う時間の流れになります。
私が転生することで空いたこの領域へ、
私が新世界からコピーを書き込むことになります。
しかし、一瞬ですが空白があったという状態は残ります。
空いていることを確信している私が強い優先権を持ちますが、
問題なのは私が書き込み始めてから、
書き込み終わるまでの作業の中で、
急速に空き容量は減ってはいきますが、
消えない大きな空白がある期間が
存在してしまう事になります。
問題は起きないと想定していますが、
不測の事態も考えて、転生者システムで
捕捉している魂が無い状態にします。
一度捕捉すると更新は出来ますが、
解除することは出来ません。
捕捉した方が実害を被ることは無いはずですが、
捕捉した魂への礼儀と不確定要素を最小にするためです。」
なるほど。一緒に来れないと言った理由がこれか。
「それともう一つあります。
新世界に降りた私は不死ではありません。
私の魂の器は大きく、死後に乗り移れる魂の器が
新世界に存在しません。
死後に、大きな私の魂の器が新世界に漂うことで、
不測の事態が起こるかもしれません。
私が乗り移ることが可能な魂の器を、
多くの事象の系譜の中に作っていく必要があります。
新世界に降りた事象以降で、私が強い事象を起こし、
透子さんが強い観測者として観測する。
透子さんが強い事象を起こし、
私が強い観測者として観測する。
それを数多く行っていく。
要するに共に活動的に行動し、
数多の事象の分岐を生み、
私の存在する事象の系譜を
大きく広げる必要があります。」
「わかった。一緒にがんばろう。」
私がウィンクをすると、アイさんも笑った。
「この領域の事象の系譜を見ることは出来ませんが、
あるとすれば、透子さんはこの領域にも
大きな分岐をもたらしてくれました。
大きく広がる可能性です。
新世界も喜んでいると思います。
本当にありがとうございます。」
アイさんは私に頭を下げた。
そして私がした先ほどの少し卑怯な言い様を
上手く返してきた。
私に特別な能力などない。
気持ちの問題なのだろう。
庇護欲、むしろ庇護愛というべき感情だと思う。
私は息子を若くして亡くしている。
普通に生活は出来るが長くは生きられない。
治療費は高額だった。
必然的に私は仕事に没頭するようになる。
息子の変化に気が付けなかった。
それが私に大きな後悔として残った。
仕事の方では相当の地位を得ていたが、
息子の死をきっかけに辞める事になり、
時間を経て料理人になった。
息子の好きだったイタリア料理の店を開いた。
主人とは当時の上司の勧めで、お見合い結婚をしている。
息子が生まれる前に事故で亡くなってしまい、
それもまた息子への強い愛情につながったと思う。
私の死因はたぶん心臓発作だ。
意識することは無かったが、
その因子が息子に大きく出てしまっていたのだろう。
今にして思えば…。
事実だけ思い出してみると、
私って結構不幸だったんだろうな。
もう過ぎた事だからいいけど。
「したいようにしただけだけど、
アイさんが喜んでくれるなら私も嬉しいな。」
私は笑顔で答えた。
アイさんがした事、アイさんに起こる事、
あらゆることが良い結果に結びつく。
これが真に優れた存在という事なんだろう。
私の悩みも全て無くなり、
最高の未来と思っていた以上の未来が私を待っている。
次の転生者が決まるまでの、この領域での生活も、
今まで以上に幸せな時間になるだろう。
転生する場所は、次の転生者が決まるまでに
アイさんと相談してゆっくり決めよう。
一緒に生きていく場所なのだから。




